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2017年02月25日11:58

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フランク永井の恩師吉田正と遠藤実「武田鉄矢の昭和は輝いていた」


 2月10日のTV番組「武田鉄矢の昭和は輝いていた」では、フランク永井の恩師吉田正と遠藤実に焦点をあてたものだった。昭和を代表する2大巨頭といってもいい。この二人の活躍を描くだけでなく、その時々の時代と同時に流行った歌を追うことで、昭和歌謡史全般を紹介していた。
 ビクターとコロンビア、望郷歌謡と都会派歌謡、高音ブームと低音ブーム等々ライバル同士の比較が分かりやすい。
 吉田正を取り上げるというときに、フランク永井をおのずとその核と紹介せずにはおけない。吉田正の当時の映像とともに、ゲスト出演したペギー葉山、三田明、橋幸夫、解説者の小西良太郎らによって語られるエピソードで紹介される。
 冒頭に「フランク永井都会派歌謡3部作」として、「夜霧の第二国道」「東京午前三時」「有楽町で逢いましょう」とある。そんなくくり方と呼び方があったのか、と感心。
 吉田正の鶴田浩二、三浦洸一らの先輩歌手とともに、フランク永井、松尾和子、橋幸夫らとのかかわりが語られる。作詞家佐伯孝夫と灰田勝彦とのコンビでのヒット独占、吉田正が松尾和子に提供した「再会」のエピソードがいい。吉田正は自分の最高傑作の一曲と呼んでいる。確かに歌のうまい松尾和子の特性をきわだたせている。
 歌のヒットは単に歌わせただけで実現するものではない。松尾和子も多数のレコードを出しているが、抜きんでいるはまり曲というのは多いわけではない。「誰よりも君を愛す」という難曲を見事に歌い上げて日本レコード大賞まで手にしつつも、その後のヒットにめぐまれずに苦悩していた時に、吉田正、佐伯孝夫の第一人者が考え抜えたうえで実現したものだ。
 そうした難しいテーマへの取り組みが「再会」という異様なテーマ曲を生み、松尾がそれを唄う。さすがといってよい。実際にこれが当たって、松尾は再浮上をなしとげたのだ。
 作詞+作曲+歌手という当事者自身のもくろみと努力で、その思いがそのまま実現するということは、この世界では夢のようなことなのだ。
 近年ではそれは求めえない。まず先に売り出し専門組織(レコード事務所など)があり、企画があり、その規格の売り込みによる資金集めがあり、資金力による宣伝と仕掛けが作られる。つまり、多くは歌手などはそっちのけで企画+資金力+仕掛けで決まる傾向がある。
 こうしたことに反発するシンガー・ソング・ライターもいるが、彼らが抜きんでたパワーがない限り勝負ができない。ネットを利用した訴求力も問われることになる。
 しかし、総じて、作詞+作曲(+編曲)+歌手という原点にいる人たちが、自分たちの能力と努力が原点になって成功を勝ち得るという、シンプルなことが起こり得た時代だった。

 武田が三田に森進一の歩き方の真似をさせるというへんなシーンもあったが、この番組はよくまとまっていていい印象を残した。
 最後に小椋佳の「シクラメンのかほり」を布施明が歌う。一時代を築いた吉田正と遠藤実の活躍が新たなソング・メーカーに引き継がれていったことの象徴でのある。先日偉大な功績を残して去った船村徹は吉田、遠藤と同時代に活躍しながらも演歌の世界で大きくまたいで活躍した。最後の後継者だったようで淋しい。
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