毎年のように“今年は豊作だ”とはまるでボジョレー・ヌーボーのごとし。“10年にひとりの逸材”が10年に何度も登場するのはなぜ。でも真の“10年にひとり”が出てきたときは、その彼ばかりが注目され“今年は豊作だ”などとは言わなかったような気も。ことしはずば抜けた存在に欠けたような印象があり、きっちり豊作だと言われているけれど実際のところはどうなんだろう。
こないだメジャーリーグ・ドラフト会議のようすを少しだけテレビで見たけど、いかにもエンタメの国アメリカ、これはちょっとショーアップされすぎかなと思った(NFL(全米アメフト)ドラフト会議を舞台にした映画「ドラフト・デイ」で描かれた雰囲気とほぼ同じ)。少しずつショーアップされつつある日本の場合、せいぜい現在のレベルで止めておくほうがいいのではないかと。
クジを引き当てた直後に、会場を一杯にした多くの野球ファンの前で生インタビューをするようになったせいか、最近は指名された選手より、球団関係者のはしゃぎっぷりを見ているほうが面白くなってきた。意中の球団であろうとなかろうとけっこう冷静な選手たちに対し、クジを引き当ててやたらと喜ぶいい年をしたオッサンたちの人間味に興味を持ってしまうわけです。
人ひとりの運命が左右される瞬間をナマで味わえる数少ない機会、とかたづけてしまうのは残酷でしょうか。まあ昨年のヤクルト真中監督のような大ボケは別として、いったんシーズンが始まってしまえばこの日の一喜一憂なんてすっかり忘れてしまうんやけどね…。ともあれことしも運命のひとつかみまで、残すところあと1時間あまりとなりました。
ログインしてコメントを確認・投稿する