ことしは阪神・淡路大震災から20年目の節目の年でした。正直な話、関西に住む人間にとってはやっぱりこちらのほうを重く感じてしまうわけですね。これはひょっとしたら私だけかもしれない、そうだったらすいません。東北のみなさんには噴飯ものかもしれないけれど、強引かつイージーにいえば遠くの4年前より近くの20年前ってことなんですね。
東北に親戚や知人がいれば話は別かもしれないな。たしかに東北出身という知人は何人かいるけど、在住という知り合いはいない。かっての会社の同僚がチャキチャキの江戸っ子女性と社内結婚して、すぐさま家業のガソリンスタンドを継ぐとかいって故郷の福島に帰っていったけど、もう20年近くやりとりはないし、はたして元気で暮らしているのかなという程度。
首都圏にお住まいのかたはあの日いろいろと大変な思いをされたし、東京電力の動向がすべて日々の生活に関わってくるから、受け止める重さみたいなものは関西圏の住人とはまったく違うのでしょう。こちら関西におけるリアル体験的なレベルの会話では、あの日揺れを感じたかあるいは感じなかったか程度で収まっている部分もあるし。
だいたい1年にたった1度だけ、この日にこういうことを書いてそれを免罪符がわりにしているんではないかと自己嫌悪におちいったりもしてます。他の関西のみなさんはどうなんだろう、もううんざりとばかりふだんの日記よりスルーされているんじゃないかと足あとの数やviewの数をいつも以上に気にかけてます。あえてタイトルもシンプルにしてみました。
もちろんまだ23万人のかたが避難生活をしいられているとか、行方不明のかたが2500人以上いるとか、震災関連死のかたが3000人をこえるとか、このとんでもない数字の前には言葉もみつかりません。まったくもって失礼な話ながら、せめてこの日だけでもかの地に思いをはせなくては。…ということでことしもこの時間に黙とう。
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