ふだんからお年寄りを敬い尊ぶ気持ちさえあれば敬老の日なんていらないと言われるように、そしてかって阪急電車が“お客様のモラルを尊重して、ウチの車両はすべてがシルバーシートです”と、特別なそれをいっさい設けなかったことのように(残念ながら現在は優先座席を設置)、ふだんから被災地に思いをめぐらす気持ちがあれば、その日がやってきたときだけ“けっして忘れない”などと大騒ぎする必要はないと思うのだけれど。
あれから3年。原発の是非に関しての議論は日々かまびすしく、恒常的なものになっているのにくらべて、震災で亡くなった1万6千人近くのかた、いまだ行方不明のままの2600人のかた、避難生活を強いられたままの26万人のかた、そしてそれぞれの家族・親類・友人のみなさんのことに思いをよせる気持ちは日々風化して、ふだんはどこかへ忘れ去られてしまってるような気がする。とりわけ地理的に遠いこの関西では。
特にこの1年は東京オリンピックがきまったり、アベノミクスで多少なりとも経済が上向いたりして、日本全体がやや浮かれモードに入ってしまったことには反省の要ありでは。プレハブ仮設住宅の入居率がいまだ84%などと聞くと復興まではまだまだ長い道のりだし(阪神大震災3年後は50%)、東京オリンピックのときにはこの数字がゼロになっているよう祈りたい。“仮設住宅で開会式中継を見るひとたち”なんていうテレビ局的にオイシイ図柄はまっぴら御免です。
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