芥川賞作品となった田中慎弥の原作はすでに読了していて、行間からにじみ出てきたあの生魚と濁ったドブ川の臭い、そして人間同士のなまなましい営みを映像ではどこまでストレートに表現するのか、それとも…みたいな部分に興味があったのです。「共喰い」、かってよく観たATG作品のような肌合いをひさびさに感じました。
青山真治監督は空気を撮るのがとても上手いひとのように思います。“空気を読め”の空気ではなく、実際の気体としての無色透明なる空気。「サッド・ヴァケイション」や「東京公園」、室内ではなく屋外の、かと言って大自然のなかの澄みきったものではなく、なにげない町なかのややどんよりとした空気。今回も地方都市特有のよどんだ感じがすごくよく伝わってきたのです。
主演の菅田将暉は高校生男子のやるせない性衝動みたいなものを実にうまく表現しておりました。わが身にも覚えが…というよりは、もし高校生のときにこの作品と出会っていたら“性的リアリズム映像トラウマ”として一生つきまとわれた(…というのもヘンな表現ですが、たとえば私にとって「サード」というATG作品がそれにあたります)かもななんて思いました。
いやいや高校生だけではなくて、大人の男にとっても女にとっても“なにもない地方の町なのでほかにヤルことがない”みたいな雰囲気が実によく伝わってくる作品でもありました。エンディング近くには原作にはない昭和の終りならではのセリフが付け足してあって、これには賛否両論あるとは思いますが、監督(脚本家)なりのメッセージと受け止めるべきでしょう。
ログインしてコメントを確認・投稿する