新婚3週目の週末に、嫁ハンをほったらかして千葉くんだりまで泊りがけで競馬を観にいったもんだから、周りからはけっこうひんしゅくを買った。それでも私は馬券を買った。前年の秋から競馬なるものの魅力にとりつかれた私にとって、初めて一年通してその世界とたわむれた1993年の総決算・有馬記念。これに行かずして何に行けというのか。
競馬人気がピークのころだったから、当日の中山競馬場はパニックというよりはもはやカオスと言っていい状態だった。午前中に入場したにもかかわらず、確保できた場所は第4コーナーを遠くはずれた、傾斜のある芝生の上。人口密度はまるで中国のイモ洗いプールのごとし、3時半の発走までまだ数時間あると思うといささかゲンナリした。
トウカイテイオーに関してはまったくのノーマークだった。前日の夜、在京の同僚と西葛西の居酒屋で予想をくりひろげた。競馬好きにとって有馬記念の前夜ほどワクワクする充実の時間はない。同僚はトウカイテイオーはまだ見限れないと強く主張した。私はそれを一笑に付した。結局彼はボロ儲けして週明けの社内の話題を一身に集めることになる。
25歳での旅立ちだから人間でいうと7〜80歳、まあふつうに大往生といっていいか。周囲に迷惑をかけず、あっさりと逝ったのもこの馬らしいとのこと。どこをどう見てジャッジしたのか、非常に男くさく骨太でハンサムな馬だったらしい。草を食む“肉食系”ってことか。まあ亡くなった馬に周りが好き勝手言ったところで、しょせんは“馬の耳に念仏”だろうけど。
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