私からの電話に、おそらく天地がひっくり返るくらい驚いたであろう嫁ハンがA田クリニックに駆けつけるまでの時間を利用して、私はA田先生から狭心症および心筋梗塞のあらましを聞くことになった。でもあまりにも急なことなので、なんだか他人事のよう、命にかかわるなどと言われても、ついさっきまで喫茶店でスポーツ新聞を広げていたこちらとしてはまったくピンとこない。
「午前中の受付は10時30分まで、大病院はお役所だからかならず…」A田先生にそう促されて、私と嫁ハンはタクシーに乗った。ふだんなら軽く歩いていける距離だ。なんとかギリギリ受付に間に合い、そこからあとはまるでジェットコースターに乗せられたよう、目まぐるしくいろいろな検査をこなしていき、私は不安になるヒマもなくただただきめられた段取りに従うだけだった。
さまざまな検査の結果が判明するにつれ、周りの空気がシリアスになってくるのが自分でもわかった。ICU(集中治療室)へ。私はストレッチャーに乗せられたまま院内を移動した。視線の先は天井のみ。たまに難解な医療用語を交わす医師や看護師が目に入る。これって映画やテレビでよく見るシーンやんか。すぐそばに田宮二郎やジョージ・クルーニーが居てそうな気がした。
私はすべてなすがまま、不安を感じるヒマさえなかったのだが、最もシリアスな気持ちになっていたのは嫁ハンのほうだったかもしれない。本来は患者本人になされるべきインフォームド・コンセント(事前説明)が、緊急のためその時間がなくすべて嫁ハン相手になされていたのだ。いくつかの最悪の場合の可能性を受け入れる同意署名もふくめて。
最終的に《冠動脈バイパス手術》という大がかりなものを施すことがきまり、術前に嫁ハンと対面したのが午後6〜7時ぐらいか。「なんとか日付が変わる前に終わらせますわ」という執刀医(=命の恩人)が嫁ハンにかけた言葉を聞いたのを最後に、全身麻酔が効きはじめた私は深く長い眠りに突入していったのだった・・・。
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