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2020年10月17日11:48

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励起子の性 1日目

 窓際の席、校庭が季節に侵食されている。
 机に伏せて顔だけ外に向け、チョークが黒板をチョップする音を聞いている。教師は私を注意しない。もう諦めたようだありがとう。長針を追い抜けない短針のやる気のなさ、いつか分解して改造してやる。五時間目はこの世の地獄だ。多分ロンドンでもアラスカでも。

「どうしてこんなに何にも起こらないんだろう」

 世界が破滅する予言をネットでかき集めている。数ギガバイトもの予言でスマホはパンパンだ。でも1bitだって当たりはしない。
(ワタシが現実化させるしかないのか?)
 体育館の軒下に廃墟となったツバメの巣がある。まだ親子が暮らしていた頃、あれを壊そうとした体育教師の脚立を軽く蹴ったのはワタシです。打撲ですんでヨカッタネ。

 午後の光が濃くなる。どっかで柑橘類を経由してるのだろう。父親はワタシを励起子と名付けた。基地外だ。低学年の時に意味を尋ねたら、訳の分からない呪文を唱えた。辛うじて覚えたのが、「電子の正孔対であり、電子的に中性」ということだ。『れいきし』と読むがワタシのルビは『レキコ』だ。大学で物理学を教えているからといって、赦されることじゃない。少なくともワタシは、電子的に中性ではない。陽性でも陰性でもない。悪性だ。多分母さんが自殺した理由の幾らかは、私にある。でも誰もその割合を教えてくれない。

 **********

 放火後、手帳を拾った。手のひらに収まるくらい小さい。そのくせいい感じのレザーのカバーで、中にはメモ帳サイズの用紙がルーズリーフできる。気にいった。でも誰かの物だ。仕方なく中を読む。誰のだ?

   誰かこの星にガソリンをぶっかけてくれ
   マッチなら僕が持っている

「なんだこれ?」

   宇宙から見れば僕らはブランクトンだ
   ブランクトンから見れば僕らは宇宙だ

「…………」

   結婚は傷害で出産は殺人
   本人が希望して産まれたとは限らない
   では誰が誕生を裁く?

「ヤベェなこれ」
「吉田さんっ」

 ――その手帳僕のなんだけど。振り返る。地蔵がいた。いや確か牧野とかいう奴だ。いつもしゃべらずに一人でいて坊主頭だからあだ名が地蔵。
「これ、アンタの?」
「ああ、返してよ」
「証明して」
「え?」
「名前書いてないし、本当にアンタのかわかんない」
「証明って、言われても」
「最初のページ、なんて書いてある」
「え?まさか読んだの?」
「読んだ」
 地蔵の顔が赤くなる。
「誰かこの星に……ガソリンを……」
「聞こえない。もっと大きな声で」
「……誰かこの星にガソリンをぶっかけてくれ」
「『マッチなら僕が持っている』――アンタ本当にマッチ持ってんの?」
「いや、それ詩だから」
「そう、ガソリンぶっかけてあげようか?」
「え?」
「冗談よ。でも本気。返してあげてもいいけど。条件、毎日放課後までに、書いた紙を1枚私の下駄箱に入れること、遅れたり内容が面白くなかったらクラス中にアンタの書いた内容をバラす。写メも撮った。アンタは逃げられない。ok?」
「……勘弁してくれよ」
「勘弁するってどういうことかワタシは知らない。手帳は返す。後はアンタが決めて、私はこれから貴子達とカラオケに行く。じゃあね」
「待って!吉田さん」

 ――くそっ、何でアイツが拾うんだよ。最悪だ。



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