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2020年01月15日20:04

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マフラーとコロッケ

 久し振りにUNIQLOに行った。目当てだったカーゴパンツと白っぽいシャツ、そして「HEATTECH」の表記に釣られ衝動的に手に取ってしまったマフラーをカゴに突っ込み、レジへ向かう。
「こ、セルフレジだ」
 しばらくこない間にテクノロジーが進化してしまったらしい。前回の来店から半世紀も経っていないはずなのになんてことだ。タッチパネルをいじくり回して、何度もエラー音に叱られながら悪戦苦闘、なんとかレジに納得して頂き、店を出ることができた。(帰りにいつもの食堂で飯を食おう)

 食堂の駐車場に車を止め、買ったばかりのマフラーを巻いてみる。
「あったけぇ」
 軽く感動した。電化的に発熱しているのじゃないかというほど首回りに暖かみが感じられた。
 店に入り、飯を食うのにマフラーは邪魔だな、と思い、また、マフラーを巻いた姿を確認しておきたい、と思い手洗いへ。
「悪くない」
 若い頃オシャレのつもりで巻いたことがあるが様にならず誰かにやった記憶がある。年を経て合うようになったのだろうか?はずして紙袋に丸めて放り込む。
 
 食堂、皿に盛られ棚に並べられたお惣菜をトレーに載せて行くタイプの食堂。トレーをレーンに据え、歩みとともにスライドさせ始めた初っぱな、おでんの鍋に出くわす。大根、いい色合いだ。噛むと繊維がしゅわっとほどけて、出汁が容赦なく怒濤となるに違いない。小皿に大根を取る、厚揚げが「オレもいいっすか?」と言ってきたので断る理由が見つからず大根と同席させる。棚にたどり着く前にもう二品も取ってしまった、先が思いやられる。毎度の如く最終段階でトレーに皿が収まり切らなくなり、仕方なく選抜する羽目になる。それが非常に苦しい。毎回必ず100点の演技をしている選手が3人ほどいるのだ。その中から一人を落とすなんてそんな無慈悲なこと出来っこない。
 苦悩しながらふと見ると、シード選手のコロッケが無い。代わりに小さな立て札が立っていて「揚げ立て」と書かれている。「も、どういうことだ?!」
 レーンの先を見ると、年配の男性と茶髪の女性が先行していて、茶髪のトレーにコロッケが乗っているではないか。な、なんでだ!「あのー、すいません。そのコロッケ僕のなんです」と声を掛けようかと思ったが、踏みとどまった。あんな茶髪に、世の中の常識が通用するはずがない。

 絶望。

 コロッケ、コロッケは何時も僕を待ってくれていると信じていた。コロッケ、冷めていても構わない。なんなら僕が温めてあげるよ。それ程の甲斐性を以て僕はコロッケと向き合ってきた。ああ、僕のコロッ

「コロッケ揚がりましたぁ」

 白衣のオバチャンがドカッとコロッケを棚に置いた。僕は神の与えたもう御慈悲に対し、人差し指で5cm十字を切った。
「アモーレ」
 だがここで問題が発生した。こういうときに僕は、すぐにコロッケを取ることができない。そういう性格なんだ。何というか恥ずかしい。揚げ立てに目がくらんだ愚か者だと思われるんじゃあないか、浅ましいやつだと思われるんじゃないか、また「わーい、揚っげ立って♪揚っげ立って♪ウッレシーナ」と心の中で歌っている声が漏れ聞こえてしまうのじゃないかと、臆病になる。
 考えすぎだと人は笑うだろう。自分でもそう思う。考えすぎ、そして自意識過剰なんだと。でもどうしようもない。思い起こせばこの性格の所為でどれほど人生損をしてきたことか。揚げ立てのコロッケを素直に取ることが出来ない僕、人生は一度、命は一個、この時は一瞬、僕は思い切ってコロッケを手に取った。
「ありがとうございます」
 オバチャンと目が合った。僕は仮面を外し笑った。でも苦笑いにしかならなかった。まぁそれが僕の本当の気持ちなのだから仕方がない。

(まだ、間に合うのだろうか)
 
 これからの人生、今まで失ってきた揚げ立ての数々を、僕は取り戻せるのだろうか。分からない。でも、もう躊躇できるような年齢ではない。
「あの時、『好きだ』って言えてたら、なぁ』
 コロッケをトンカツソースで溺れさせながら、窓の外が夜になっていることに気付いた。
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