「もう逢うのはよそう」
コーヒーカップをテーブルに置き、僕から切り出した。
「そうね」
カノジョが言った。視線は窓の外、硝子にしがみつく雨粒、耐えかねて流れる。まるで、誰かの代わりに泣いているようだ。彼女が軌跡を指でなぞる。
「その雨粒を僕も目で追っていた」
「分かってた」
本当だろうか?
「出よう」
椅子を膝で追いやる。コートを羽織る。傘を腕にひっかける。カノジョが僕の支度に追い付くのを見守る。隙を見て伝票を手の中に収める。レジへ向かう。彼女が追いつく。
「半分出します」
「いや、いいから」
何度このやり取りをしたか分からない。僕が断るのを分かっていて、カノジョは申し出る。あざとさは微塵もない、本能的にそうしているのだ。
「ポイントカード出していい?」
「どうぞ」
これも毎度のやり取り。
店を出る。雨は止んでいる。
「傘、持ってきなよ。また降り出すかもしれないから」
「ありがとう。でも、大丈夫」
そりゃあそうか、僕の傘、コンビニの安傘だけど、カレシの目に触れるのは気が引けるのだろう。
「さっきの本当?」
カノジョが聞いた。
「分からない」
と、僕は答えた。
「分かった」
笑った。雨上がりにぴったりと嵌まる笑顔だった。胸の奥、終わりにしたはずの鼓動、再起動の唸り。
(この過ちは間違いではない)
自分に言い聞かせる。天気と同じ。どうにもできないし、どうなるかもわからない。
水たまりが黄昏を揺らしている。街灯を散りばめて。僕はわざとそれを踏み潰して。
「じゃあ」
と、言った。
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