コンビニ帰りの夜歩きに、ふと電柱の脇に青い光、足を止め、目を凝らす。深夜真夜中濃い闇中に、一際の異彩を放つ青い物体、その正体はなんと「青空」だった。
30cm立方体の青空、それはまるで――ゲーム中のバグのようであり、ドット絵の不具合のようにも見える――何がどうなったのかは知らないが、世界の構成単位のひとつがズレてしまい、こんな真夜中の路傍に30cmの青空を出現させてしまった、ということなのだろう?
僕は青空に身をかがめ、周りを見渡し、だあれもいないのを確認すると、ひょいと小脇に抱え、アパートに持って帰ることにした。
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青空を、部屋の隅に置く――水槽台に置いた金魚鉢の横にちょうど青空がすっぽり収まるくらいのスペースがあったので、そこに置いた。金魚がビツクリして突進泳ぎをしたが、ガラスに沿ってぐるぐると回るばかりで、暫くすると慣れたのか、普通に泳ぎだした。ちなみに金魚は、別れた彼女が去年祭りで掬った金魚で、彼女は僕と同じ名前を金魚につけたが、僕は未だにそれを承服していない。
改めて青空を観察する。小さな雲がまばらに散らかっていて、その雲の雰囲気を頼りに推察してみたのだが、どうもこの青空は、いわゆる原寸大ではなくって、そこそこの大きさの空の部分を縮尺して30cmにしているらしい。つまりかなりコンパクトな空なのである。実際は街1つ分の上空くらいの大きさはあろうか。それならば、それなりの質量重量なのであろう。よくまぁ一人で持ち帰ることができたなぁ、と変に感心してみたが、考えてみたら、空に重さはないはずで、もし空が重たかったならば、部屋を一歩出た途端にぺしゃんこになってしまうのが道理。
空を眺めるのは楽しい。特に夜、部屋の明かりを消し、真っ暗闇の中で青空を眺めていると、その青さが神々しく輝いてみえて、なんとも玄妙な心持ちになる。たまぁに雁の群れや旅客機なんかが飛んでいるのが見えたりすると僕のテンションは更に上がった。ただ金魚は、夜中でも煌々と明るい空に対して、明らかに迷惑をしている様子で、水草の裏に頭を突っ込んで、無い瞼を無理に閉じようと躍起になっているようだった。
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僕の部屋に空が来てから96日目、空に変化が訪れた。いつものように空を眺めていると、白い入道雲の隙間から、暗褐色の飛行機が一機、現れた。一目みて僕にはそれが何やら禍々しいものなのだと分かった。
飛行機は巨大な翼で、青空を威圧しながら飛行して来て、ちょうど真ん中らへんで、何か黒い塊をひとつ、魔物が卵を産むように、青空めがけておっことした。そうして――あんなに青かった空が一瞬で真っ赤になり、そうして真っ黒になった。金魚は怯え、エラをバクバクと過呼吸させて水面で横になってしまった。
僕は空に顔を近づける。純白の入道雲はもうどこにも無く、代わりにただただ黒い煙。僕は両手で空を抱え、何とかできないものかと、涙目になっていたのだが、空を治してくれる、お医者様などいるはずもなく、数分後には、空は光を失って、しまいに僕の腕の中で萎んで消えた。
何か邪なものが、空を消滅させてしまったのです。(アレが何だったのか、未だに僕は分からないでいる)
街路樹の下に、こっそりと金魚の死体を埋めた帰り道、見上げた入道雲、その中から、何かが飛来してくるのではないかと僕は――
ともかくその夏に――
どこかの街の空が死んだ。
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