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2023年09月12日17:00

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「ブルターニュの光と風」展 / 静岡市美術館②

(続き)

◆第2章「ブルターニュに集う画家たち～印象派からナビ派へ」

画壇でブームとなったブルターニュの自然や土着的な習俗等。近代美術は、神話画や歴史画等、想像にって制作するのでなく、目で見えるものを描く事が一般化していく。その背景には、ギュスターヴ･クールベ(1819-77)の写実主義運動や、持ち運びの容易いチューブ型絵の具の発明等もあった。
画家達はカンヴァスを携えて戸外に出る。当然絵のサイズは小型化する。
ウージェーヌ･ブーダン(1824-98)は広大に広がる空と風、雲の動き、空気感を描きだす事に成功。そこから、彼は印象派の先駆けと言われるようになった。彼はまたモネを屋外制作に誘いだした人物でもある。

ブーダンから印象派、そして、ポスト印象派のポール･ゴーギャン(1848-1903)は印象派に対抗し、1889年、「総合主義」を提唱する事になる。
印象派が光と色の動きに拘泥して失った物の形態と構図の回復を試み、輪郭線で色彩を囲み平坦な色面で単純化して表すクロワゾニズム技法を編みだした。
その名は細い金属の線が色面を仕切る中世の有線七宝(クロワゾネ)に基く。他に浮世絵版画の影響も大きかったろう。
総合主義とは、客観的な目で捉えたモティーフの外観と、自身の主観的なヴィジョンを1枚の絵の中で融合させる事を言う。

ゴーギャンは原始的なものへの憧れから、国内の異郷ブルターニュに向かい、ポン=タヴァン(アヴァン川の橋の意)に辿り着く。ここに滞在していたエミール･ベルナール(1868-1941)やポール･セリュジエ(1864-1927)と伴に「ポン=タヴァン派」を形成する。

ゴーギャンの指導を受けたセリュジエは、パリに戻ってその手法と美学をモーリス･ドニ(1870-1943)やピエール･ボナール(1867-1947)に広め、「ナビ派」を結成した。(*3)
「ナビ」はヘブライ語で予言者を意味し、心象イメージを重要視して新しい絵画の可能性を開拓した。この先には象徴主義が生れる事になる。

(*3)セリュジエがゴーギャンに指導を受けて描いた《愛の森》(1888)は、パリのナビ派メンバーからは「タリスマン(護符)」と呼ばれ、一種の「啓示」となった。

ナビ派については以下レポート参照。
2017年2/18「オルセーのナビ派展/三菱一号館美術館」。
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1958747268&owner_id=3341406
《愛の森/タリスマン》もこの展覧会に展示されていた。

セリュジエの《さよなら、ゴーギャン》(1906/65×92cm)。

左に立っているのはゴーギャンで、海の彼方を指差している。彼はブルターニュよりも更に未開の地タヒチへ旅立つ宣言をした。
右に座っているのはセリュジエ自身で、ゴーギャンに従わずブルターニュに残る事とした。
彼が着ているコートとマントはゴーギャンに貰ったものである。
この絵はゴーギャンの死後に描いた。

ドニの《フォルグェットのパルドン祭》(1930/54.5×82.５cm)。

フォルグェットはフィニステール県下西部の内陸の町。
ドニは熱心なカトリック信者で、ブルターニュの宗教行事に興味を寄せ、殊にフォルグェットの「パルドン祭」には1921～34年の間、毎年出かけた。
パルドン祭は、それぞれの地方の守護聖人の祝日に行われ、教会での儀式のあと、民族衣装に身を包み、長い蝋燭や聖人像を掲げて教会周辺をパレードする。それは村祭り的な盛り上がりを見せ、会食やダンス、レスリングも余興として人気があった。
ブルターニュの自然と共に、最もピトレスク(英語で言えばピクチャレスク)なモチーフとして多くの画家がこのパルドン祭を描いている。

“pardon”という語は、「ごめんなさい」と許しを求める時に頻繁に使われる。一般に赦免、許容、免罪等を意味するが、ブルターニュでは守護聖人に許しを請うという意味に特定され、集団的巡礼のための宗教行事を指す言葉として定着した。
ドニの本作では、人々は質素なコートをまとい、女性はコワフを被っている。
中央には冠を被った聖母子像があり、蝋燭を持った一人の女性が像にキスをしている。

◆第3章「新たな眼差し～多様な表現の探求」

第2章でブルターニュにおける美術史的動向に触れたが、芸術の都パリの動きがブルターニュの画家達に影響を与えるケースも出てくる。
ポン=タヴァン派の中で一部の人達は、印象派の筆触分割や新印象派の点描手法を採り入れている。
サロンにも変化が発生し、分派が発生する。
中で国民美術協会(サロン･ナショナル)からは黒や暗色を基調として制作する「バンド･ノワール(黒の一団)」が現れた。
その中心となったシャルル･コッテ(1863-1925)や、リュシアン･シモン(1861-1945)、アンドレ･ドーシェ(1870-1948)等はブルターニュに拠点を置き、クールベやオランダ絵画の影響を基にして、風景画を描いた。

コッテの《嵐から逃げる漁師たち》(1903)。

激しい雷雨が来そうな不穏な空と雲。小さく簡素に描かれた漁師達と一人の女性は、漁を諦め、船を浜に引きあげて家に帰ろうとしている。
偉大で気紛れな自然に屈服せざるを得ない人間、そのコントラストが素晴らしい。

シモンの《じゃがいもの収穫》(1907)。

フィニステール県南部、カンペールに程近いビグダン地方。右奥にはノートルダム=ド=ラ=ジョワ教会、左奥にあるのは大きな蔵付きの農家だろうか。
その前の広大なエリアを、ジャガイモ収穫に励む下働きの女性達が様々なポーズで三角の構図を作っている。強い陽射しの厳しい労働下でも彼女達はコワフを外さず、画家の彼女達への畏敬の念が表されている。
シモンはパリの生れだが、ドーシェの姉と結婚し、ドーシェの別荘があったブルターニュに住み着く事となった。

ドーシェの《ラニュロンの松の木》(1917)。

ドーシェはフィニステール県南部のベノデ川やオデ川等の河川景観に愛着を持ち、生涯描き続けた。
彼は版画によって画業を始め、シモンの勧めで油彩画を始めた。
繊細な線描を伴って描かれた同地ラニュロンの町にある美しい松、彼が版画に長けていた事、浮世絵版画にも関心を抱いていた事が分る。
また、オデ川の水面に映る煌めきの美しさは格別である。

「バンド･ノワール」という命名は、1895年、国民美術協会展におけるコッテ作品を回顧してリュクサンブール美術館館長が付けたもので、画家等はそれを意図してグループを結成した訳ではない。
したがって、連帯意識は緩やかで、シモンやドーシェの色使いには明るいものも存在する。

20世紀に入ると、独立芸術家協会展やサロン･ドートンヌのように自由度の高い展覧会が現れ、それらを舞台に前衛的な画風も展開した。
フォービスムやキュビスムは、ブルターニュにも及び、ピエール･ド･ブレ(1890-1947)はピカソと親交もあった。

ド･ブレの《ブルターニュの女性》(1940)。

彼は「トレイリスム(格子状技法)」という独創的な手法によって肖像画を作成した。女性像は新古典派時代のピカソの様式に似たところがある。また背景の家や船の帆等に立体分割的な部分も見えるが、キュビスムの域には至っていない。

〈参考資料〉
・講演「ブルターニュの光と風」
　講師千足伸行

・図録『ブルターニュの光と風』
　執筆ギョーム･アンブロワーズ(カンペール美術館館長),千足伸行,岡坂桜子(SOMPO美　　術館学芸員/本展企画担当) 他
　発行 2023年3月ホワイトインターナショナル
　

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