mixiユーザー(id:2716109)

日記一覧

 「大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。 たとえば、星を見るとかして。」 学生の頃に読んで驚き

続きを読む

 村上春樹は小説家になったのとほぼ同じ頃から長距離走を始めた。その後四半世紀以上走ることを続け、フルマラソンを何度も完走してきた著者にとって、走ることは既に自身の不可欠な一部となっていることが分かる。墓碑銘に刻んでもらいたいという、「少なく

続きを読む

 「西郷という千両役者、勝という千両役者によって、はじめて演出された、最も見事な歴史的場面だったといってよいであろう。」 この間、大田区の洗足池に先月できたばかりの勝海舟記念館に足を運んだので、この本を読んでみたくなった。慶應4年(1868年)3月

続きを読む

 宮沢賢治のゆかりの人々へのインタビューという一風変わった形式。とりあげられる10の人物も「元イーハトーヴ博物局技官レオーノ·キュースト氏」などと渋い(渋すぎる?)。鉄道、鉱物、発電所、電信、映画といった賢治が生きていたころの最先端の科学を

続きを読む

「哲学の核心はその問題にある。いかに生きるべきか。どうすれば正しい知識を得られるのか。自我とは何か。私は自由なのか。自由とはどういう意味なのか。いまだ正解と呼べるものは見出されていない。誰もが答えの途上にある。抱え込んだ問いに揺さぶられつつ

続きを読む

 日々接する天気予報で身近なようでいて、具体の内容は知らなかった、気象庁の予報官の仕事が克明に描かれている。  今見ている空と全く同じ空はない、一期一会の空との出会いというロマンチックな側面はあるが、予想の確度と防災対応に必要な時間との狭間

続きを読む

「春の夕暮、私はしばしばそこに立って、平安の古を偲んだ。夕べの靄はすべてのものを包みかくし、花ふぶきの中に、過去の人も、現在の物も、一つになってとけこむように見えた。」 小野小町、在原業平、平維盛、蝉丸、世阿弥等々ー古の人びとの辿った縁の道

続きを読む

 明治から現代までの女性詩人85人がとりあげられている。全体として、その詩人のよく知られている代表作というよりも、前衛的、幻想的な作品が多く選ばれているような印象を受けた。 詩というと、美しいもの、快いものという一般的な考えが揺さぶられる。夭

続きを読む

「私たちが得ている「安さ」や「早さ」が、働く者の長時間労働や過労死と引き換えに存在するならば、それは果たして社会的公正に適うのか。」 著者の問題提起は重い。物流の9割を担うトラック輸送では、安い運賃、長時間の労働、強いられる荷物の積卸しなど

続きを読む

「かつてはやさしい愛情をもってひとを愛し、目に見えぬ存在を信じていた人間と、いまのサイラス·マーナーが同じ人間だと知っているものはだれひとりいなかった。」 生ける屍ーこれが本書の主人公、サイラス·マーナーの第一印象だ。友と恋人の手ひ

続きを読む

 「イタリア語の、歌うような、嘆くような音調。生きることが何と素直に、大らかに、悪びれるところなく、あけっぴろげに言葉の中に溢れているのだろう。」 ゲーテに代表されるように、昔からイタリアの眩い陽光は数多の文人を惹きつけてきた。辻邦生にとっ

続きを読む

 「もしかしたら、ノンフィクションを書くということは、あの無限に近い星々から、いくつかの星と星を結びつけて、熊や琴やペガサスを描く作業に似ているのではないか」 沢木耕太郎というノンフィクション作家を形づくった、これまでの様々な出会い、軌跡が

続きを読む

 明治国家の建設とともに誕生し、戦後改革を経てもなお継続してきた、官のシステム。本書は、日本の行政活動、官僚制を組織や人事の観点から明らかにする。 省庁再編や地方分権といったマクロの視点もあれば、職場の「大部屋主義」、法律案や予算案の作成、

続きを読む

 そっと背中を押されるような、晴れやかな気持ちになれる物語。 気象庁に勤める矢野克彦はバツイチで、二週に一度娘に会うことだけを楽しみにしている。彼がひょんな事から、ラジオ番組で恋愛相談のDJを務める「唯川幸」に出会うことから物語が始まる。本当

続きを読む

 丸谷才一の小説は技巧に富んだものが多いが、この『樹影譚』という短編は、入れ子になった小説や小説論の効果もあって、緻密に作り上げられた寄木細工のような印象を受ける。 壁に映った樹の影を愛する老作家の性癖から、彼の出生の秘密が浮かび上がってく

続きを読む

 人は常に船とともにあった。鉄道、自動車、飛行機といった乗り物が産業革命以降に現れたのに対し、船は丸木舟や筏まで含めると悠久の歴史を持つ。本書は、人類の歴史を船の技術の進歩という視点で眺めている。  サラミスの海戦でアテナイに勝利をもたらし

続きを読む

 埼玉県行田市。二万人の秀吉軍をわずか五百名で迎え撃ち、「小さき者」の矜持を示した『のぼうの城』の舞台となった忍城のある町。経営難の老舗足袋業者「こはぜ屋」が、起死回生をかけてランニングシューズの開発に乗り出し、大手スポーツメーカー、アトラ

続きを読む

 生涯に1,001話ものショートショートを書き上げた著者は、現代のシェヘラザードのよう。他方で、様々なキーワードを書いたカードを混ぜて、数枚を取り出し、その言葉からストーリーを練ったという逸話からは、「産みの苦しみ」を抱く人間らしさが感じられる

続きを読む

 「私は一年中の時候に、そうわけへだてをしないほうで、早春もよければ、晩秋もよく、五月雨も好きなら霙もうれしいといったふうだが、青楓の嫋嫋として、牡丹くずるる暮春を過ぎて、菖蒲湯の、あの香わしい湯に浸って、緑の葉につつまれ、紅さしたその根に

続きを読む

 山登りに川下り。椎名誠のおおらかで明るいアウトドア·エッセイを読んでいると、焚き火が静かに(時に激しく)はぜる音や川面をなでる涼やかな風が感じられる。カヌーから手をのばして、シェラカップに四万十川の清流を汲んで作るウィスキーの水割りは

続きを読む

 宮沢賢治の心象の中に存在した理想郷「イーハトーボ」。本書は40近くの賢治童話を深く掘り下げ、「イーハトーボ」の世界を垣間見せてくれる。 その読み方が独特なのは、細部に目を向けている点。注意していないと読み飛ばしてしまいそうな細部から、物語全

続きを読む

 小さな奇蹟が束の間舞い降りる。もうこの世にはいない、愛する者との一時の邂逅。苦しい立場に置かれた生者を、あたかも死者はあたたかな衣で優しく包み込むかのよう。そして、生者の心の中に存在した氷が、すっと溶けて無くなってゆく。 この構図は、表題

続きを読む

 飛行機や鉄道、自動車におされ、今や船旅をする機会は減ったが、船は輸出入貨物の99.7%を運ぶ縁の下の力持ちであるし、何より波を切って海原を駆け抜ける姿は、最も優雅で浪漫ある乗り物だろう。 本書は、船の種類、船の造り方、運航の技術など、船につい

続きを読む

 「グルシーは一瞬間だけ考えた。そしてこの一瞬間が彼自身の運命と、ナポレオンの運命とそして世界の運命とに形をとらせることになった。ヴァルハイムの農家の中のこの一秒間が十九世紀全部について決定した。」 滔々と流れる時という大河の中で、世界の歴

続きを読む

 旅の歌、東歌、挽歌、女歌という多様な切り口から万葉集を読んでいく。 感情を率直に歌い上げる恋の歌が多い印象を受けた。通い婚が普通だった万葉の時代、月が小さい時期や雨の降る日は逢えないといった慣習·禁忌があり、逢いたいという気持ちの切実

続きを読む

 アメリカ文学の「古典」を集めた短編集。編訳者の柴田元幸が、長年愛読した「ザ·ベスト·オブ·ベストの選集」と言うだけあって、ずっしりとした読み応えがある。  心温まるO·ヘンリーの『賢者の贈り物』や、極寒の自然と人との戦いを

続きを読む

 漢字と片仮名の混じった言葉が、体の内から絞り出される慟哭のような、悲憤のような、哀願のような響きを持つ「原爆小景」の詩が最もよく知られている。 しかし、この全詩集を読むと、詩人のより広やかな世界に触れることができる。たおやかで幻想的な詩は

続きを読む

 鉄道の歴史から始まり、車両や線路、運行等について、「技術」という切り口から迫る。いかに安全に、早く、快適に、効率的に鉄道を走らせるかに心血を注いできた、挑戦の歴史。様々な技術面の工夫を知ると、見慣れた通勤電車にも親しみがわいてくる。 映画

続きを読む

 蝉時雨に優しく包まれた趣のある建物。先週、著者の没後20年を記念して学習院大学で開かれた『廻廊にて』の朗読会に参加した。若い世代の人達の澄んだ声を聴いていると、辻邦生の思いが受け継がれていく気がした。 遺された手記から主人公の精神の遍歴をた

続きを読む

 今まであまりSFは読んで来なかったけれど、NHKの『100分de名著』の小松左京の特集で、その世界観の広大さに惹かれ手に取った。  この選集のテーマは「日本」。戦後、高度成長を経て経済大国になった日本社会、そこに生きる日本人を当たり前のものとして捉

続きを読む