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2019年08月04日18:15

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本棚178『廻廊にて』辻邦生(小学館)

 蝉時雨に優しく包まれた趣のある建物。先週、著者の没後20年を記念して学習院大学で開かれた『廻廊にて』の朗読会に参加した。若い世代の人達の澄んだ声を聴いていると、辻邦生の思いが受け継がれていく気がした。

 遺された手記から主人公の精神の遍歴をたどっていく手法は、後の『夏の砦』等を髣髴とさせる。
 幼い頃ロシアから亡命したマーシャが修道院で奔放さと危うさを持つアンドレと出会い、恋と言える感情を抱いていく様子は清冽な瑞々しさに溢れている。
 他方で、単に生きること、生を肯定·賛美するのではなく、飢えや寒さ、アンドレの死、不幸な結婚、戦争など「暗さ」を徹底的に描き込むことで、その生の輝きが一層明瞭に浮かび上がる。

 小説では初めに出てくるマーシャの言葉が、朗読では最後に持ってこられていた。マーシャが、そして人間が向き合わざるを得ない、生きることの「黒い重い現実」を超える、救いのようなこの言葉が忘れられない。

「花があわただしく散るように、人の生涯だって長いことはないわ。でも季節のあいだ、薔薇垣に美しい花が咲きつづけたように、人間の一人一人も、ひょっとしたら〈人間〉という種族の花々を、そこに咲かしているのかも知れない。次から次へと散ってゆくけれど、同じ花が咲きつづけているのかも知れないって、考えられるでしょ?花々がその美しさを誰に捧げるわけでもないのに、完全な形で開くように、人間だって、虚無のなかに、内からの純粋な欲望によって、咲きつづけるべきじゃないかって、考えられはしないかしら······。」
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