島田は僕と同い年(学年は1つ上)で、ちょうど大学入学間もない頃に、「優しいサヨクのための喜遊曲」でデビューした。何だこんなもの、と思ったが、第2作の「亡命旅行者は叫びつぶやく」や「僕は模造人間」は、かなり共感した。あれから35年、島田の作品はほ
「わたし」は女性だと思って読んでいると、最後の1編で男性だったとわかる。あてもなく「あの人」を求めて街を彷徨っているのかと思ったら、あの人は自分の妻か恋人とわかる。「何事もなかったように思える日のことも思い出すことが出来るだろうか。(例えば
書き始めた頃は普通に食事出来たカフカが、結核で食べ物が喉を通らなくなりながら、書き上げたという「断食芸人」。そもそも断食とは「芸」なのか?芸だとすると、誰がそれを確認出来る?カフカの登場人物は何故こんなに奇妙な人間ばかりなのか。人間自体が奇
近未来。日本は温暖化によって海底に沈んだのか。食べ物の美味しさをムキになって追求しない(これは現在の日本への皮肉であることは言うまでもない)、政治が清潔で、暴力が少ない、国としてスウェーデンが登場するが、もはや言語の棲み分けは、ない。スウェ
父への思いを行動に表せず、父からの罵倒に絶望し、橋から身を投げる「判決」。処刑機械を愛する余り、それに処刑される将校「流刑地にて」。あまりに絶望的で、コミカルですらある。決してユーモアじゃあない。この世界への絶望が、カフカに、こういう妙な状
献灯使という不思議な小説が、心に残るというより異物のようにひっかかっている。雪の修練生のしろくまのカバーも異物だった。この聖女伝説っていうのも、とても異物感が強い。小説とは、言葉ではどうしったって言えないことに言葉を尽くすことだと思う。絶対