<新潮社公式サイトの紹介文より>
大学の先輩後輩、江戸川乱歩と杉原千畝。まだ何者でもない青年だったが、夢だけはあった。希望と不安を抱え、浅草の猥雑な路地を歩き語り合い、それぞれの道へ別れていく……。若き横溝正史や巨頭松岡洋右と出会い、新しい歴史を作り、互いの人生が交差しつつ感動の最終章へ。「真の友人はあなただけでしたよ」──泣ける傑作。
*********************
作者の青柳氏は、江戸川乱歩と杉原千畝が6歳差ながら、愛知五中、早稲田大学の先輩後輩であった、ということに着想を得て、「奇想天外」ながらも歴史の激動の中で「あったかもしれない友情物語」を紡ぎだした。
実際、ふたりが出会って交友関係があったという事実はないようだが、あの時代の中、どこかで会っていてもおかしくない。
そして探偵小説の元祖の乱歩と、外交官を志しながらも、外務省の訓令に背いて人道的立場からユダヤ人にビザ発行をした千畝の人生が交わったとき、まるで化学反応のように、綺羅星のごとき現代史を飾る人物たちが立ち現れていく・・
早稲田大学そばのかつ丼店で、平井太郎(のちの乱歩)は、偶然相席になった若者が、愛知五中の後輩であると知る。
太郎は人づきあいが苦手なたちなのに、なぜかそのとき、その若者(杉原千畝)にいろいろと話しかけることに。
太郎は早稲田を出たものの、就職した会社もすぐにやめ、その当時は屋台を引いて生計を立て、かつ丼がメニューにならないか偵察に来ていたのだ。
太郎は愛知五中時代、満洲に勇躍するのだ!と野望をいだいて、こっそり寮を抜け出そうとするが、そこで、北里柴三郎も招かれたパーティーで退屈していた少年に出会う。それこそが千畝少年だったが、ふたりはお互いが何者であるかは知らない。
太郎が持っていたのは、イギリスの探偵小説が載った雑誌。千畝少年は、はじめてそこで「英語」に触れ、のちに猛勉強を始めた。
かつ丼店を出たふたりだったが、風にあおられた新聞が太郎の顔にかぶさる。そこには、
「官費留学生求ム」の公告が。
「これだ!」。吸い寄せられるように千畝はそれに応募し、憧れの外交官への道を歩み始めた。
探偵小説を書き始めた太郎は、浅草で千畝と再会。
そこではユダヤ人のあやしげな大道芸人が。
千畝はハルビンに赴任するが、外交官の情報収集は、いわば「探偵業」そのものでもあった。松岡洋佑、広田弘毅と出会い、戦争を押しとどめるための外交に奔走するが、時代は世界大戦へ。
千畝はハルビンのロシア語新聞に、太郎の探偵小説が掲載されているのを知って、江戸川乱歩として活躍していることも知る。
太郎は、関西出身の横溝正史と知り合い、「書けない・・」とスランプに陥るたびに、横溝に叱咤されるのだった。
戦後は、多くの読者が知っての通り、太郎はいよいよ人気作家となり、多くの作家志望者に影響を与えていく。山田風太郎、鮎川哲也、仁木悦子、そして松本清張。
戦時中、リトアニア領事官に赴任した千畝は、外務省からの命令をきかず、多くのユダヤ人に日本通過ビザを発行したことで、外務省を去らざるを得なかった。
しかし、戦後は商事会社で、得意のロシア語を生かす仕事をすることに。
そんな折り、太郎のもとを、かつて浅草で会ったユダヤ人の芸人が訪ねてくる。
ヨーロッパに戻っていた彼は、千畝発行のビザで、からくも命を救われた、彼は命の恩人だというのだ。
太郎は、そんな千畝の尽力が、報われないままになっていることに、無念の思いだった・・
杉原千畝のビザ発行がユダヤ人たちを救ったように、江戸川乱歩の活躍もまた、多くのエンタメ作家たちの希望となり、次世代の小説を産んでいった。
ふたりはまさに「世界を変えた」のである。
物語は史実を下敷きにした、多くはフィクションであるけれど、「乱歩と千畝」という「こじつけ」が、こんな豊饒な物語にふくらむとは。
ほかにも三島由紀夫やら古関裕而まで登場、昭和の文化人たちをこれでもかと詰め込んでいる。「乱歩と千畝」の友情に最後はやっぱり涙する。
映像化してほしい物語である。
ログインしてコメントを確認・投稿する