明治の終わりの小倉の街。
人力車夫の富島松五郎(坂東妻三郎)は、腕っぷしは強いが、その粗野で乱暴な性格から「無法松」とあだ名される男。
芝居小屋の桝席で鍋を炊いて、大騒動をやらかせたりする始末。
ある日松五郎は、お城の堀に転落した少年・敏雄(澤村アキヲ、のちの長門裕之)を助ける。
敏雄を自宅に送っていくが、彼の父親は陸軍大尉の吉岡小太郎(永田靖)で、美しい妻・よし子(園井恵子)がいた。
これをきっかけに松五郎は吉岡家に出入りするようになる。
学もなく、一介の車夫と思っている松五郎は恐縮しつつも、小太郎はきさくに松五郎と食卓を共にするのだった。
ところが、小太郎は雨の中の演習に出たことが元で風邪をこじらせ急死。
失意の夫人と敏雄を松五郎は慰め、夫人は「この子は気が弱いから、強くなるよう後ろ盾になって下さい」と松五郎に頼む。
いつも遊んでやり、敏雄の成長を見守る松五郎。
町内の運動会が開催され、松五郎、よし子、敏雄の3人で見に行くと、チラシが配られる。しかし松五郎は字が読めない。「奥さん、なんと書いてるんですか?」。
「500m走で、飛び入り自由ですって」。
そして参加した松五郎は必死の形相で疾走し、見事一等賞を獲るのだった。
しかしその景品を自分では受け取らず、吉岡親子に渡して帰る。
敏雄(川村禾門)は成長し、小倉中学に進学。街なかで敏雄を見かけた松五郎は「ぼんぼん!」と呼びかけるが、級友にからかわれ敏雄はバツ悪そう。
よし子からは「これからは敏雄に会ったら『吉岡さん』と呼んでください」と言われるが、なんとも他人行儀だ。
敏雄はやがて小倉を離れ、熊本の五高に進学することになった。
小倉駅で見送りながら、松五郎も一抹の寂しさを覚える。
だが、夏休みに敏雄は五高の先生を連れて帰郷。小倉祇園の祭りを見せたいと、繰り出す。
松五郎は、山車の上に飛び乗って祇園太鼓を見事に打ち鳴らし、激しい太鼓の音が町内に響き渡った。
そして数年後、松五郎は息を引き取る。
吉岡家から渡された謝礼は手つかずで、さらに敏雄のために貯めた通帳が残されていた。
涙するよし子に、松五郎の古くからの知り合いの結城(月形龍之介)は、「めずらしくきっぷのいい男でしたね」とほほえむのだった。
ああ、やっとこの映画を見られたなあ・・と深い感慨を覚えた。
原作者の岩下俊作氏は、実はわたしの友人の祖父。
友人が小学生の頃岩下氏は亡くなったというが、「無法松」は映画化もされ、村田英雄の歌にもなり、有名なキャラクター。
でも、肝心のこの映画を観る機会がないままだった。一度福岡市内で上映会があったのだが、そのときも都合がつかず残念な思いをしてのだ。
撮影の宮川一夫カメラマンの助手を長く勤めていた、宮島正弘さんが中心になって、修復プロジェクトがおこなわれ、今回放映されたのは、そのデジタルリマスター版である。
製作は1943年というから驚く。戦争末期だ。フィルムの確保に苦労したという。
しかし、終盤のクライマックス、松五郎の回想シーンで、過去の出来事がまさに走馬灯にように浮かび上がるオーバーラップの手法は美しく、見事と言うしかない。
そして人力車の車輪がクルクルと回転していくシーンが随所に差し込まれるが、それによって、時の経過を表しているのがうまい。
この映画には逸話がいくつもある。
松五郎は、未亡人のよし子に思いを抱くが、それを伝えられない。「俺の心は汚い」とだけ言って立ち去る、という場面があったのに、「帝国軍人の未亡人に懸想するとは何たることか!」と内務省の検閲で10分ほどカットされているのだ。
稲垣浩監督の無念たるや・・・
回想シーンで、夫人の顔が大写しになる場面もカットになったという。
さらに戦後、GHQの検閲で、「封建的」とされた日露戦争勝利のちょうちん行列のシーンなど8分間がカット。
稲垣監督は無念を晴らすべく、戦後、三船敏郎主演で「無法松の一生」を撮り、ベネチア映画祭で賞を獲得。しかし、この撮影に参加しなかった宮川一夫は、生涯、リメイク版は見なかったという。
吉岡未亡人を演じた園井恵子はこの二年後、「桜隊」という移動演劇に参加し、広島公演で滞在中に被曝して亡くなっている。
映画評論家の白井佳夫は、「カットされたため、直接、松五郎が夫人に愛を打ち明ける場面がなくなったものの、映画からは、彼が夫人を思慕しているのは伝わってくる。これは、男女の愛とかを越えた、もっと崇高な人類愛なんですよ」と評している。
戦意高揚とはほど遠い、そんな映画が戦争末期に作られていた、ということ自体が奇跡のようだ。
出てくるキャラクターが松五郎をはじめ、みな人間臭く、また、軍人の家族と車夫という当時の「身分が違う」者同士が、心を通わせるというのも、どこかメッセージ性を感じるのだ。
ラストシーンの結城の「きっぷのいい男」というセリフ、そういうことばが使われなくなって久しい。しかし、人間の美風をこれほど端的に表わした言葉はないだろう。
念願の映画が見られて本当によかった。
友人にも感想を伝えたい。
(10月7日、NHK BSプレミアム)
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