「一億円のさようなら」は、昨秋、ドラマ化され、NHKーBSプレミアムで放映されていた。
鉄平(上川隆也)は夫婦仲もよく、ふたりの子どもも成長して、おだやかな家庭生活・・と思いきや、なんと妻・夏代(安田成美)に48億円もの巨額の資産があることが発覚。
節約に努め、パートの仕事に出ている妻の姿からは信じられない話。
彼女は唯一の身内である伯母が資産家の未亡人で、伯母が死んだとき夏代がそのお金を相続していたのだ。
しかし彼女は「これはわたしのお金とは思えない」とまったく手を付けずに、弁護士に管理を任せていた、というのだ。
そんなお金があったら、もっといいマンションも買えた、母が入院した時、個室にも入れられたのに・・鉄平はそんな思いと共に、20年以上、秘密を打ち明けなかった夏代に不信感をいだく。
同時期、娘は看護学生ながら彼氏の子どもを妊娠、息子はせっかく合格した医大を中退すると言い出す。
さらに鉄平の会社では新工場で爆発事故が発生し、点検中の部下(堀井新太)が重傷を負う。そして、会社の派閥争いにも巻き込まれ、鉄平は無情にもクビを切られてしまう。
夏代はバッグに入った1億円の札束を鉄平に残して、姿を消した。
鉄平も、すべてのことをうっちゃりたい気持ちで、故郷の金沢に向かう。
そこで幼馴染(奥貫薫)と出会ったのがきっかけとなり、鉄平は夏代が残したお金を元手に、金沢で巻き寿司の店を開店。おいしい寿司店は評判を呼んで大繁盛するが・・
ドラマは8回放映。
実は、これからどうなるの?48億円の行方は? と途中から続きが気になって、原作を読んじゃおうかな、と考えていた。
でも、結末がわかれば、ドラマの興味が薄れるし・・とそこは読まないまま、最終回まで見ることに。
そして昨年末からお正月にかけて原作を読んでみた。
これが分厚い文庫本で670ページもある。
ありがちなのが、「面白い小説を映像化したらつまらなかった。原作のほうがずっといい」というパターン。
ところが・・実を言うと、ドラマのほうがずっとずっと面白いのである。
ドラマと原作は骨格はだいたい一緒ではあるが、随所で設定が違う。
鉄平夫婦はドラマだと東京近郊を思わせる街に住んでいるが、原作の小説では福岡市住まい。金沢は故郷ではなく、福岡で行きつけの店の大将が金沢出身、九州新幹線の中で偶然再会した幼馴染が、金沢で小料理店をやっていると聞く、それで福岡を離れて金沢に行くのである。
福岡市や金沢市の描写は、具体的に町名や建物が実名で出てきて、小さな通りなども細かく描かれる。
だから「ご当地小説」のような趣さえある。
わたしは長らく福岡市に住んでいたので「あ、ここ知ってる知ってる!」みたいなところは嬉しかったのだが。
原作はかなりの長編だが、その長さが物語を堪能するに至らず、逆に冗長な印象になってしまっている。
鉄平の子ども時代のエピソードで出てくる人物も、その後の彼にかかわってくるのかと思いきや、彼らを「悪の象徴」みたいに回想するだけで、これだと登場させる意味がないような気がする(ドラマではまったく出てこない)。
トラブルを起こす子どもたちとの葛藤も、親子でも心が通じない、となんだかあっさりとした描かれ方に終わってしまっていた。
しかし、ドラマは、余計なエピソードを削った分、よりサスペンスフルなものに仕上がっていた。原作ではあまり存在感のない、夏代のかつての不倫相手・木内(武田真治)を、鉄平夫婦との長年の因縁をもたせた悪役として描いているのも、ドラマを面白くしている。
これは脚本のうまさだろう。
小説のラストシーンとドラマもいささか違う。
小説は、夏代が鉄平がクビになった会社の株を買って筆頭株主となり、鉄平に社長になるように進言するのだが、ドラマでは、かつての会社が、木内が作った医療製薬会社に乗っ取られそうになり、夏代が自分の資産で株を買って、木内の鼻を明かす、という痛快なラストシーンになっている。
だから、ドラマのほうが、ハラハラドキドキ感がより伝わってくる。
それにしても、そんな大金を持っていて、全然使わずにいられるだろうか?
逆に無駄使いして、生活がおかしくなりそうだ。ドラマも原作も、夏代はそのへんをわかっていて、あえて自分のために使わない、と禁忌を課したのだ。
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