阪急・南千里駅そばにある、吹田市の千里市民センターでの映像祭。
「アフガンの地で、医師・中村哲さんが遺したもの」というテーマで、福岡の九州朝日放送(KBC)制作のドキュメンタリー「良心の実弾」が上映されたのち、KBCのディレクター臼井賢一郎氏と中村さんを長らくバックアップしてきた、ペシャワール会の広報担当理事・福元満治氏のお話があった。
ドキュメンタリーは、福岡空港にJALの機体が降り立つシーンから始まる。
下ろされたのは中村哲さんの柩。
空港屋上で飛行機をみつめる在日アフガン人たちが、「ナカムラ先生に申し訳ない」と涙している。
まだ30代の頃の青年医師の中村哲さんの姿の映像もあった。
イスラム世界では、男性が女性患者の診察をするのがなかなか困難なことから、彼のサポートとして長く医療にたずさわった看護師の藤田千代子氏、西南学院中学時代の同級生、対談をした澤地久枝氏、出版社・石風社代表で、この日も来阪した福元満治氏らのインタビューを交え、ハンセン病患者の治療から、井戸を掘り、用水路を建設するプロジェクトを成し遂げるまでの映像が流れる。
困難を乗り越え、用水路が完成した時の中村さんの笑顔が実にいい。
砂漠が緑に大地に変貌する様子は、ほんとうに感動的だ。
そして無言の帰国をした後、福岡での葬儀に5000人もの人が訪れた様子や、ペシャワール会にかかわるようになったご長女の話などが続く。
上映のあと、さらに詳しく、福元氏からアフガニスタンのこと、ペシャワール会の活動のことについて解説があった。以下、その概要です。
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ご存知のように中村哲さんの祖父は、火野葦平が「花と龍」で書いていた玉井金五郎。
火野葦平は中村さんの伯父になります。
玉井金五郎は、港湾労働者をまとめあげ、労組を作り、ヤクザたちにも対抗した。
いわば中村さんはアフガンの地で「花と龍」をやっていたようなものです。
写真で見ると、隔世遺伝かと思うぐらい、金五郎と哲さんはそっくり。葦平の文才を受け継いだのか、いい文章を書きますが、実践に基づく言葉で、ルポルタージュとはまた異なります。
アフガニスタンの歴史をざっと説明しますが、帝政ロシアとイギリスが植民地の分捕り合戦をこの地で繰り広げており、両国のパワーゲームで国境が決まっていったようなもの。
支援の会の名前にもある「ペシャワール」があるエリアは、パキスタンの「北西辺境州」と呼ばれるが、アフガンの最大部族・パシュトゥーン人が多い。居住の多くがアフガン人だが、行政的にはパキスタン、という土地です。
世界には植民地政策の後遺症が民族紛争のもとになっている場所が多く、ここもそうだし、朝鮮半島もいわばそうです。
ペシャワールには、ヘレニズム系の仏像がたくさんあります。
仏教も最初は偶像崇拝をしていなかったが、紀元前1世紀ぐらいに初めて仏像ができる。
仏塔をストゥーパ、と言いますが「卒塔婆」の語源です。仏教源流の地であるが、今は99%がイスラム教徒になっている。
イスラムは相対的に、内面まで教義が深く人を拘束する。女性を治療するときは、女性の夫や男兄弟がそばにいないとダメ。それゆえ女性の医療者が必要になる。
最初にこの地に支援者からの寄付で病院を建てたが、現地のお金で日本円に換算すると7000万円。しかしアフガンの給与は日本の20分の1ぐらいの金額。
2000年に干ばつがアフガン一帯を襲いましたが、もともと雨量が少ない土地(年間降雨量が350ミリ)なので、我々も最初は干ばつだと思わなかった。
そのうち腸管感染症にかかる子供が増えて異常をを察しました。水不足で、泥水を飲んで病気になってしまう。
これによって100万人が餓死する、と言われたのに世界はまったくアフガンの干ばつに関心を払わなかった。
唯一、報じられたのは急進派がバーミヤンの大仏の石像を破壊した、というニュースです。
干ばつの対策として井戸を掘り始めたが、ボーリング業者に頼むのではなく、手掘りの井戸で、1600か所掘りました。日当が日本円で240円。
このとき、水がいかに大事か痛感しました。
アフガニスタンはそれまで、93%の穀物自給率を誇る農業国。日本の穀物自給率は30%切っています。
山に万年雪があって、雪解け水が国土を潤し、ブドウやメロンの原産地です。ハウスがないので露地栽培される。
干ばつの原因はやはり気候変動でしょう。いっきょに雪解けをして、それが土石流となってしまう。
2001年に9・11テロ事件が起こり、その後アメリカのアフガン攻撃が始まりましたが、実はテロ実行犯の中にアフガン人はいなかった。エジプト、シリア、サウジアラビア人です。
よくアルカイダとタリバーンがいっしょくたにされるが、アルカイダのメンバーは高学歴で、ヨーロッパに留学したりするものの、欧州の人種差別に絶望、しかしサウジなどは王政だし、行き場を失くして根無し草になる。
一方、タリバーンはさほど高学歴ではない、神学生のグループ。国土防衛軍で、外国には出て行かない、土着のナショナリストです。
我々は2003年3月19日に、用水路建設を決めました。日付まではっきり覚えているのは、この翌日に、アメリカがイラク攻撃を始めたからです。
日本の戦国大名も、農民を統治するために、治水工事をやっていた。
石積みの上に柳を植え、根を張らせ、水を確保する。
(スライドの映像を指しながら)砂漠から緑に変わったこの土地、区画がされているでしょう?ジルガ、という長老会議がこれを決めるのです。
近代以前の自治組織ですが、伝統的秩序をいかに生かすか、が大事です。
あと紅柳(ガズ)、ユーカリ、桑、スイカなどを植えました。
水田を作っているところもあります。
中村哲さんは一言で言うなら腹のすわった人。
重機の運転が一番好きだと言ってました。河川工学なんて独学です。でも日本土木学会の会員にもなった。
「砂漠が緑の大地に」とよく言われますが、一様ではない。
・農地だったところが砂漠化した
・用水路が機能しなくなった
・もともと砂漠
この3つのパターンがある。ざっと東京ドーム3800個分、福岡市の半分の面積を緑化しました。以前用水路があったところも、水量が多いと洪水、少ないと水が入って来ない、という状態のところが多かった。
ほんとうに砂漠を見ていると心まで殺伐としますが、緑を見ると、心が安定する気がします。
中村さんのすごいのは、用水路だけでなく、ご自分で設計してモスクまで建てたこと。
でも中村さん自身は中学時代に洗礼を受けてクリスチャンなんです。
イスラム教徒を我々から見ると、信仰によって拘束されていると見えるけど、モスクが完成して人々が「解放された」と言っていた。
用水路が出来て難民が帰農してくる、用水路建設で雇用が生まれる、農民として生きることで治安が良くなる・・そういう良い循環が生まれてくる。
いつか中村さんにクリスチャンなのにどうしてムスリムのためにこんなに尽くすのか?と尋ねたら、
「ほら、あそこに見えるヒンズークシの美しい白い頂、あれがみんなの目標だ。そしてイスラムとかキリスト教とか仏教とかいうのは、登り口が違うだけだ」と答えていた。すごくうまいたとえだと思います。
メスを重機に持ち替えて井戸を掘り、用水路を作った、そんな医者は中村さんのほかにいません。
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会場からの質問時間に、わたしも手を挙げてみました。
「昔、福元さんのところでバイトしてお世話になった者です。校正を手伝ったのが中村哲さんの「ペシャワールにて」でした。最近、火野葦平の「花と龍」を読んだんですけど、中村さんの祖母に当たる玉井マンは、女性差別や女性の地位の低さに怒り、正義感が強くて、港湾労働者の労働組合結成を後押しする。むしろ一番中村さんと似ているのはマンさんのような気がするのですがどうでしょうか?」
福元さんからは「中村さんは確かにそうですね。おばあさんのマンさんから、弱い者いじめはしてはいけない、とか、命を大事にしなさいと教えられた、と語っていますね」というお答え。
ほかに殺害犯の目的は?という会場からの質問には、
「わかりません、としか現時点では言いようがない。ただ、平和ではなく混乱を好む人物もいるということ、それだけは言えます」と答えていた。
また、中村さんの存命中にも、ドラマにしたい、映画にしたいなどという申し出があったようだが、ご当人は一切断っていたとか。
福元氏は「映画化された『花と龍』のこともあるし、ドラマだと色っぽい看護婦さんが出てきて・・なんて恋愛模様になりかねないからやっぱりだめだったみたいですよ」とのこと。
また、「中村さんはいわば全共闘世代。しかしいわゆる左翼には走らず、彼の知識のベースは論語と聖書だったと思う。日本の伝統的な美質を持っていた。中村さんは人から持ち上げられたり、聖人扱いされるのを嫌っていたが、孔子の言葉に、聖人とは天の声を聴く者、とあり、彼はそのような人だったのではないかと思う」ともおっしゃっていました。
(10月13日、千里市民センター 大ホール)
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