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2020年06月13日09:51

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戦車を攀じ登る

これでも詩かよ 第286回

西暦1989年6月5日の正午、
君は、天安門広場に通じる大通りの傍にいた。

近所の北京中央病院4階のガン病棟で入院している、ステージ4の妹の見舞いにやってきた君は、天安門広場に通じる大通りを驀進する59式戦車の隊列をみた。

昨夜から今朝まで、天安門広場で虐殺された無数の学友と共にいた君には、
この戦車隊が、いったい何をするためにここまでやってきたのか、よく分かっていた。

その次の瞬間、君は鼻緒のちびた下駄をその場に脱ぎ捨て、歩道のガードレールを跨いで長安大通りの中央に進み出た。

そしてグララアガアと騒音をまき散らしながら走行する戦車の先頭に立ち、両手をパッと広げた。右手には上着、左手にはビニール袋をぶら下げて。

使い古した袋の中には、さっき北京飯店で買った、彼女の好物のシウマイ弁当とお茶が入っている。

戦車を操縦しているのは、君よりかなり若い兵士だった。
兵士の後ろには中年の指揮官がいて、若者に「なぜ止まるのだ。直進せよ」と命じた。

若者はしばらくためらっていたが、黙って戦車を右に曲げたので、君は右に移動して、大きく両手を広げた。

すると戦車はまた止まり、今度は左に曲がったので、君も同じように左に移動して、通せん坊をした。

指揮官は自分の命令を素直に実行しない部下に怒り狂っているが、どうやら若い兵士は君をひき殺すつもりはないらしい。

君は、恐らく田舎から上京してきたばかりの朴訥な若者の両目をしっかり見据えながら、大きな声で「ニイハオ」と言う。

すると若者も、唇だけで「ニイハオ」と言った。

そこで力を得た君は、戦車の上に軽々と攀じ登り、「昨夜のような同胞が血を血で洗う悲劇を繰り返してはいけない。諸君は、このまま元来た道を引き返し給え」
と懸命に説く。

しかし、軍隊がそう簡単に「分かりました」と、引き返すわけがない。
戦車はまた左に移動すると、彼も左に、右に移ると、また右に。
また左に移動すると、彼も左に、右に移ると、また右に。
傍から見ると、お互いにふざけて遊んでいるような不思議な動作が、何回繰り返されたことだろう。

やがて、そんな繰り返しを強引に断ち切るように、指揮官が戦車の直進を命じたが、若い兵士はまたしても命令に逆らい、大胆に戦車をUターンさせると、後続の戦車隊もその動きに従った。

長安街道路の彼方に消えた59式戦車隊を見送った君は、歩道に脱ぎ捨てた下駄を履くと、何事もなかったような顔をして、妹が待つ北京中央病院に向かった。
右手には上着、左手にはシウマイ弁当とお茶が入ったビニール袋をぶら下げて。

 なるようにしかならんもうどうでもええそうおもうたら死はちかいかも 蝶人


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