秀丸(笑福亭鶴瓶)は、元死刑囚。しかし死刑執行後に息を吹き返してしまったため、再度の執行はなされず、その異例の事態に当局側は困惑。
けっきょく「放免」され、いまは長野県の山あいにある「六王子病院」という精神病院に収容されていた。
由紀(小松菜奈)が母親(片岡礼子)に連れられて六王子病院にやってくる。学校にも行かなくなり、口もまったくきかないという。
どうしてそうなったのか、主治医(高橋和也)の問いにも黙したまま。
突然、由紀は病室の外に飛び出し、屋上へ。
彼女の異変に気付いた秀丸が「やめやぁ!」と叫ぶが、由紀は身を投げる。
由紀は、母親の再婚相手から壮絶なDVを受けていたが、だれにも相談できずにいたのだ。
幸運にも、飛び降りた真下にあった椿の木がクッションとなり、由紀は軽傷で命を取り留めた。
だが、そのために早期に退院して家に帰された由紀は、もうどこにも居場所がない。
ふたたび義父に暴行を受けそうになり、必死の思いで逃げ出す。
彼女はまた六王子病院に入院することになった。
チュウさん(綾野剛)とみんなから呼ばれる男。
彼は幻聴に悩まされていたが、病院では比較的安定しているので、外出もよく許されていた。外で買った衣服や食べ物を患者仲間に高めに転売したりするため、看護師(小林聡美)からは病院で商売しないでよね、と注意されてしまう。
チュウさんの妹夫婦が面会にやってきた。
年老いた母親(根岸季衣)を施設に預け、母親の住んでいる家を売りたいというのだ。
チュウさんははげしくその話には抵抗する。
妹夫婦は、チュウさんの幻聴で自分らがどんなに迷惑をこうむったかを、言い立てるのだった。
車椅子生活の秀丸は、病院の離れの陶芸室で、土をこねるのが日課になっていた。
彼の脳裏に去来する過去。
寝たきりの母親を介護していた古い住宅。
帰宅すると、妻とケースワーカーの男の浮気現場が。
激高し、二人を包丁で刺し殺した後、ひとり残された母親を憐れんだ秀丸は、ベッドの母親を絞殺。そして死刑判決が下された。
傷ついていた由紀は、秀丸に誘われ、陶芸をはじめる。
土をこねているあいだは、辛いことも忘れられた。
秀丸と仲のいいチュウさんや昭八(坂東龍汰)は、いっしょに由紀もさそって、外出する。
スーパーで買い物をし、秀丸は由紀に、リボンの髪留めをプレゼントする。
神社で、みんなそろってお弁当を開いた。
それは、ようやく由紀にとって、こころおだやかな時間だった。
いろんな患者たちがいた。
「息子に会いに行くの」「娘に会うの」と言って外泊許可をもらうサナエ(木野花)。
しかし彼女には身よりはおらず、いつも外ではカプセルホテルに泊まるだけだった。
重宗(渋川清彦)は、覚せい剤中毒で入院してきた乱暴者で、患者にも暴力をふるい、横柄な性格はみなから恐れられ、嫌悪されていた。
そんな自分を持て余すように、ボールを壁にぶつけつづける重宗。
サナエは外出中、行方不明となり、伊豆で遺体が発見された。
そこは彼女の故郷の近く。
病院の談話室で患者たちは、お骨になったサナエを偲びつつ、自分たちの行く末を思い、誰しもがやるせない思いにとらわれていた。
由紀に目を付けていた重宗は、彼女が陶芸室に入るのを見計らってあとに続き、彼女を襲う。建物の外からそれに気づいた昭八は何もできず、もどかしく思いながらも、いつも首からぶらさげているカメラで、その現場を撮るのだった。
さらなる不幸に由紀は、心を失ったも同然だった。
病院から姿を消した彼女を、患者たちは案ずるが、昭八が秀丸だけに見せたデジカメの画像で、重宗が由紀に何をしたのかを、秀丸は一瞬にして悟った。
そして秀丸は重宗を呼び出す。
つねづね重宗は、秀丸の過去をあげつらい「死にぞこない」とはやしたてていた。
秀丸は車椅子のまま彼に突進し、隠していた刃物で突いて息の根を止めた。それは彼に脅かされていた患者たち、そして由紀の仇を撃ったつもりだった。
チュウさんは、ついに退院を決心する。
妹夫婦には「あの家は売らない!」ときっぱり告げた。
そして母親の介護をしながら、再就職をして社会復帰することにこぎつけた。
そんな彼は、由紀や秀丸のことがずっと気がかりだった。
新聞で、秀丸の殺人事件の公判が始まったことを知り、弁護士(ベンガル)をたずね、傍聴に行くことに。
裁判所には、かつての病院の看護師や患者仲間も来ていた。
そして証人として呼ばれたのが由紀。
20歳になった由紀は、いまは埼玉で看護師見習いをしているという。
「わたしは重宗に乱暴されました。殺したいほど憎かった。秀丸さんが居る場所に、いまわたしが居てもおかしくなかったのです」と、すべてを絞り出すようにして証言。
「秀丸さんによってわたしは生かされました。だから秀丸さんにも生きていてほしい」。
閉廷し、刑務官に連れられて行く秀丸に、追いすがったチュウさんは、
「秀丸さん! オレ退院したんだよ!」と叫ぶのだった。
ラストシーン、刑務所内の運動場。車椅子に座る秀丸。
彼は突然、あらん限りの力を振り絞って立ち上がろうと試みる。
それは由紀の「生きてほしい」という声にこたえるかのようだった。
原作では、舞台は平成の初め頃の福岡だが、映画では現代の長野県の病院に設定が変えられている
また原作の主人公はチュウさんなのだが、映画では元死刑囚の秀丸をあえて主人公にしている。その分、秀丸の行き場のない孤独の影が強くなったと思う。
ラストシーンは、秀丸が生き続けるための第一歩を、あゆみだそうとする姿なのだろう。
最初、秀丸役が鶴瓶だと聞いて、ミスキャストかと思ったが、映像化されて見ると、ぴったりくる役柄だと思わされる。
精神病院、という一般の人からは偏見と好奇の目で見られる場所でも、患者たちにはそれぞれの人生があり、日々の暮らしを営んでいる。「生産性がない」と誰が言えるだろうか。
原作者の帚木蓬生氏は「映画は原作を超えています」とおっしゃっていた。
でも、わたしはやはり、原作あってこそだと思う。
原作ではチュウさんも証言台に立っており、実はそれが一番の物語のクライマックスで、涙なしには読めないシーンだ。
だからこそ、映画でも、チュウさんが証言するシーンを入れてほしかったな、と思う。
(11月1日、大阪ステーションシティシネマ)
ログインしてコメントを確認・投稿する