NHK大河ドラマの「いだてん」がいよいよ佳境に入ってきた。
日中戦争の泥沼化で、ついに1940年開催の東京五輪を日本は返上。
そして第二次世界大戦に突入、日本も太平洋戦争の開戦で戦時色一色に染まっていく。
「いだてん」は視聴率が振るわないという。
わたしはすごく面白くて、毎週日曜日の夜が楽しみでならないのだが。
時代がときに戦後になったり、明治になったりと場面の転換があり、それに面食らうのだろうか。それとも登場人物が多く、濃密な内容を消化できないからだろうか?
しかし、わたしは思う。「大河ドラマ」と呼ぶのなら、これほどそれにふさわしいドラマはない、と。
大河も大河、滔々たる大河の中を金栗四三(中村勘九郎)や田畑政治(阿部サダヲ)が渡っていく。
彼らを軸にしながら、明治から昭和までの近代史が織り込まれていくが、辛亥革命(1911年)や5・15事件、2・26事件まで登場するのには驚いた。
辛亥革命のあおりで帰国できなくなった清国留学生のために、嘉納治五郎が学費を立て替えたとか、関東大震災後、避難民たちの鼓舞のために運動会を開催したとか、田畑記者が高橋是清(ショーケンの遺作になってしまった)に直談判して、オリンピックの遠征費を出してもらったとか、いかにも創作っぽいエピソードがみな史実であることにも驚く。
宮藤官九郎は、実によくさまざまな逸話を調べて脚本に織り込んでいるなあ、と感心してしまう。
時代の波に「オリンピック」も翻弄されてしまう。
たったふたりだけの出場だったストックホルム大会当時は、西洋人に運動なんかでかないっこない、という劣等感と、なんとか世界の一等国の仲間入りをしたい、というあせりがないまぜになっていた時代。
金栗四三が、宿泊ホテルそばの草原で採った野の花を押し花にして、熊本へ送ったエピソードにうかがえるように、まだ「牧歌的」だった。
だが、昭和に入ってキナ臭い時代の影が忍び寄り、もろ国威発揚キャンペーンのベルリンオリンピックを目の当たりにすると、もはや五輪は、政治や国家と無関係でいられなくなる。
「オリンピックは平和のためのもの」と放送第一回で高らかに語っていた嘉納治五郎が、亡くなる前は、ついに軍部の意向を真に受けたような国威発揚のための演説をせざるをえなくなる。
オリンピックの変質と、その背景の時代描写が丁寧だ。
スポーツ関係者だけでなく、古今亭志ん生を狂言回しのようにして、彼の人生と金栗たちの人生をそのところどころでクロスオーバーさせていくのが見事である。
宮藤官九郎は女性の描き方がうまい。
友人と「どうしてクドカンはこんなにも、女性の気持ちが分かるんだろう?」と言い合ったことがある。
ただ男性である、というだけで女性より優遇されがちな男たちを、二階堂トクエ(寺島しのぶ)は、「ボタモチ」と喝破した。
友人は「これから、男と言うだけでエバってる奴がいたら『ボタモチのくせに!』って言うわ!」と興奮きみに言ってたほどである。
女のクセに、というさげすみややっかみを乗り越え、見事日本女性初の五輪メダリストとなった、人見絹枝の活躍と苦悩を描いた回はすばらしかった。
女が足をさらして飛んだり跳ねたりなんてみっともない、恥ずべきことである、と言われていた時代だ。
脚を出して走る女学生(黒島結菜)に父親が、男の視線が集まるし、はしたないと激怒すると、女学校の教師だった金栗が「そういうイヤらしか目で、女性の脚を見る男のほうが問題ばい!」と反論したシーンは痛快だった。
ベルリンオリンピックでは、朝鮮出身ながら日本代表として走らざるをえなかった孫基禎の無念を、セリフなしで表現していた。代わりに播磨屋の主人の「オレの作った足袋を履いて走ってくれるんなら、日本人だろうと朝鮮人だろうとアメリカ人だろうと応援するよ」というセリフにどこか救われる気がした。
金栗のアスリートとしての同志である三島弥彦(生田斗真)に始まり、体育協会の面々や金栗の妻・スヤ(綾瀬はるか)、兄(中村獅童)、養子先の母(大竹しのぶ)などの家族、いま出演中のIOC委員・副島(塚本晋也)などなど、とにかく登場人物が、キャラの立ったクセのある人物ばかり。
おまけに語り手である志ん生(青年時代は森山未來、戦後はビートたけし)自体が破天荒な予想不可能な行動をする男なので、毎回、人間模様の密度が半端じゃない。
昨日の放送では、学徒出陣のシーンで終わっていた。
東条英機が訓辞を垂れる、当時のフィルムにカラー加工したものをまじえ、「平和の祭典」のために建造されたはずの明治外苑のスタジアムが、若人を戦争に駆り出す場に変貌してしまった歴史の皮肉が、幾重にもこめられ、なんとも切なかった。
最終回まであと8回。
はたして戦争のさらなる惨禍も描かれるのか。
そしてようやく志ん生の弟子と、金栗四三との不思議な縁もつながりだした。
まだまだ楽しみである。
しかし、嘉納治五郎が死んでしまったので、役所広司さんの熱演が見られないのが残念!
※画像は、わたしの母校に建っている嘉納治五郎の記念碑。
「順道制勝行不害人」(道にしたがえば勝を制し行いて人を害なわず)と彫られている。
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