mixiユーザー(id:5348548)

2019年10月05日10:37

70 view

映画「ある船頭の話」

舞台は戦前の日本。
服装からして昭和よりさらに前の、大正や明治の終わりごろだろうか。

トイチ(柄本明)は、川べりの粗末な小屋に住み、川を渡る人のために船を漕ぐ船頭。
そのわずかな船賃で、日々の生活を営んでいる。

村人の源三(村上虹郎)はトイチのもとに足しげくやって来ては世話を焼く。
町医者(橋爪功)も、常連の客だ。

川の上流では橋を架ける工事が始まり、町から建設関係の男達も船に乗ってくる。
連中はトイチのことをさげすみ、一人の男(伊原剛志)は、橋が出来たら商売あがったりだろう、などと嘲笑するが、トイチは黙々と船で彼らを向こう岸に渡す。

ある日、船を漕いでいたトイチの棹に、何かがぶつかる。
それは人間の身体だった。
死体かと思って引き上げると、まだ息のある若い女性(川島鈴遥)だった。
彼女を助け、トイチはそのまま小屋に住まわせる。

身の上をなにも語ろうとしない女。
トイチも特に詮索しない。
しかし、不穏なうわさが流れてくる。上流の村で一家皆殺しの事件があったのだと。

マタギの仁平(永瀬正敏)は、父(細野晴臣)が亡くなったあと、トイチに、父の亡骸を対岸に運んで埋めてくれるように懇願する。
父親は以前から、自分は猟をして動物たちの命を奪って生活の糧にしていたのだから、その供養のためにも、自らの遺体は動物たちに食われてもいいのだ、と言っていたのだという。
豪雨の中、カンテラをかざしながら、父親の遺体を運ぶトイチと仁平。

上流の橋が完成し、人々は対岸との行き来がラクになる。
便利さに慣れ、船で川を渡るのは時代遅れになろうとしていた。

トイチの中に湧き上がる妄想の中で、彼は橋を思いきり破壊し、抵抗する人々を傷つけていた。

そして、まさにその妄想の中と似たような状況が、トイチの小屋の中で起こってしまう。
小屋に住んでいる女を連れ、船に乗せるトイチ。
彼によって火を放たれた船頭小屋は、勢いよく燃え上がるのだった。

監督はオダギリジョー。
前から構想を温めていた作品なのだという。
とりわけ、何か大事件が起こるわけでもなく、これといったストーリー展開があるわけではないのだが、架橋建設という新しい事業によって失われゆくものの悲哀と、おとなしい船頭の心の奥深く秘められた、小さな破壊衝動が、どこかに呼応していくさまなどが、静謐な画面の中に描かれる。
柄本明は「寡黙な船頭を演じている」というより、船頭さんそのもののを生業にしている柄本明がそこにいる、という感じなのだ。

なんといっても、画面が美しい。
船がすすむ水面のゆらぎ、きらめき、空気のざわめきなどが、見事にとらえられている。
一片の絵画のようなシーンがスクリーンに展開されていくのだ。

しかしながら題材もストーリーも地味でおとなしめ。
なかなかこういう映画は日本ではヒットしにくい。
先般、この映画の京都での上映の舞台挨拶にオダギリジョーがやってきて、見に行った友人によれば「今の日本映画って面白くないじゃないですか。原作が漫画とかTVドラマの劇場版とか似たような企画ばかりで、半分以上は映画じゃなくてビジネスだと思う」と、なかなか痛烈な、日本映画業界の批判をしていたのだと言う。

出演はほかに芸者役の蒼井優、浅野忠信、草笛光子、笹野高史など、有名どころがそろっている。
衣裳はワダエミ。道理で、ナゾの女といい、粗末な中にもどこか華やぎがある衣裳が印象深かった。
(9月30日、シネ・リーブル梅田)
4 6

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2019年10月>
  12345
6789101112
13141516171819
20212223242526
2728293031  

最近の日記