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2019年08月31日10:27

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永井陽子歌集「てまり唄」を読んで 

照る日曇る日 第1289回

残暑厳しき今日この頃、尾崎翠や山中智恵子、近現代短歌研究に取り組んでおられる石原深予さんから恵投された「論調」という文芸雑誌を読んでいる。

日本近代文学の女性研究たちの拠点とすべく2008年に創刊されたこの分厚い雑誌は、松本薫という鳥取市米子在住の小説家を特集しているが、石原さんの尾崎翠新発見作品の解説をはじめ、メンバーたちの力作論考が掲載されており、タガの緩んだ老残の大脳前頭葉に、快い知的刺激を与えてくれたのであった。

石原さんは前川佐美雄が創設した「日本歌人」の同人でもあるが、昨年の「論調」の付録に、永井陽子(1951−2000)という歌人のことを書かれていたので、彼女の晩年の作品である「てまり唄」を読んでみた。

 てまり唄手鞠つきつつうたふゆゑにはかに老けてゆく影法師
 「一字下げる」それだけなれど決めがたしたそがれの人生の段落
 死にたくてならぬひと日が暮れてのち手に掬ふ飴色の金魚を

これは彼女の不幸な死の5年前に出版された歌集で、老母と暮らし、老母を介護しながら、おのれを凝視する女の歌である。

 人間はぼろぼろになりて死にゆくと夜ふけておもふ母のかたへに
 こころねのわろきうさぎは母うさぎの戒名などを考へており
 仏となりて母はわが家へ帰り来ぬ悪夢のやうなふたとせののち
 竹箒あたらしく買ふ寒の日の老いたる母のとむらひのため

私は、本書の末尾に掲げられた

 春過ぎて飛行機雲を見しものはいのちながらふべきにもあらず

を眺めながら、ワルターが棒を振るマーラーの「大地の歌」の身ぶるいするような旋律、「生も暗く死もまた昏い」を思い出し、2005年に列車事故で夭折した画家、石田徹也の、どうしようもなく孤独な作品と生涯を連想した。

 一行の詩歌の内に身をふるふ一本の木が見えたりこよひ
 いちまいの雑巾なればわたくしは四つ折りにされてもしかたなし
 生きることがさびしい時に聞こえくるこの世のいづこ水の漏る音

いきているのもつらい、どうしようもになく辛い人世にあって、そのどうしようもなさを歌に詠むことは、やはりある種の救いになるに違いない。

 8月の終わりの日に思い出すサトウハチローの「その日は8月31日」の唄 蝶人

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