東京文化会館の会議室は初めて入りました。
作曲家・二宮洋先生にお誘いいただき入会した「演奏表現学会」主宰の企画の一環で、この会議室で、リュート奏者・水戸茂雄氏のレクチャーと演奏を聴きました。
限られた時間でしたが、今まで漠然と言葉だけは知っているけれど、実際には?
という様々な疑問の霧が色々と晴れた。
深みのある響きも心地よく沁みてくる。
素晴らしい時間でした。
ルネッサンスのポジティブオルガンの奏法がリュートに影響を与え、バッハタッチもその延長上で考えるととても理解できるものとなりました。
なんというか、昔は本当にヒューマンスケール。
強い指には強い仕事を、そうでない指にはそれなりに。
ルネッサンスの頃からのその指の性格による仕事の差が、「良い・悪い」に繋がる・・
クヴァンツが言い始めたことではなかったのね・・というのも恥ずかしながら知らなかった。
「良い悪い」は強弱というよりも長短。
こうした表現には3434の運指の方が理にかなっている。
これってある意味、「みんな一緒」よりも、ずっと自然で人間的である。
この自然さがあればこそのゆらぎ、インネガルなのだろうな、と思い至ったのでした。
プレリュード ノン モジュレ に関しても、実際にノン モジュレの楽譜を見て、その演奏を聴くことで、改めて「即興性」というものが浮かんでくる。
バッハのアルマンドの解説でもよくとりあげられる「振り子の原理」の意味と実践も。
机上の論理だったインネガルや装飾の原点を、遅ればせながら知った、という講座。
改めて、第五番、取り組みたくなりました。 奏法も随分変わったし。
何もかも、さらい直しです。
・・・
身体的気付きもあった。
リュート奏者の手の内の解説にハっとした。
これは親指が一番くつろいで、機嫌よくいられる状態かもしれません。
そして、親指が寛ぐことが出来れば、他の指にも良い影響が。
他の4本の指と並ぶことも、向かい合うこともできる親指。
力持ちで器用。
だからこそ、無理させてしまうことも多い。
ログインしてコメントを確認・投稿する