物語は、主人公が幼い時に好きだったデパートの屋上のシーンから始まります。
そこには、かつて孤独な象のインディラがいた。
インディラは小象の間だけそこにいて、その後動物園に引き取られる筈であったが
気が付いたら大きくなりすぎて屋上から降りられなくなり、37年の生涯を終えたのだった。
少年はインディラの形見というべき、錆びた重い鉄の足輪を飽きることなく眺め、
37年間屋上から降りられなかった哀れな象に思いを馳せる。
生まれた時から唇に奇形があって内向的だった少年は
死んでしまったインディラ、空想上の少女ミイラだけが友達だったのです。
インディラの悲劇、そして太り過ぎて住んでいた廃バスから出られなくなってしまったチェスの師匠。
少年はそれらから「大きくなること、それは悲劇である」という警句を胸に刻み、
11歳で身体の成長を止めてしまう。
そしてひたすら、師匠に教えて貰ったチェスを指す。
いつしか彼は「リトル・アリョーヒン」と呼ばれるチェスの名人となり、
奇跡のように美しい棋譜を生み出す。
なんとも静謐な、悲しい物語です。
リアリティなんてものは存在しない。
唇に脛毛があり、11歳で成長を止めた男の子、家と家の間に挟まったままの少女、
廃バスで暮らす、身動きできない程に太ってしまったチェスの師匠。
大体いつ頃の話なのか、何処の国の話なのかも分からない。
それでもそんなことがまるで問題ではなく、少年の数奇な運命を辿って行くことになります。
孤独な少年には、数少ないけれど彼のことを本当に思ってくれる人がいた。
いなくなってしまったけれども、かつてその人と過ごした幸福な時の思い出、
そうしたものを彼は胸の小箱にしまい込み、何度も開けてそっと慈しみながら
静かにチェスの腕を磨いていくのです。
少年がその短い生涯をあっけなく終えてしまった時には、思わず落涙。
奇妙な題名の意味が、読み終わると悲しく納得できます。
チェスのルールを知らなくても読めますが、知っていたらもっと面白かっただろうなあ。
小川洋子のこの静かで悲しい世界に、いつまでも浸っていたくなります。
「猫を抱いて象と泳ぐ」
https://tinyurl.com/y2dlhuly
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