「旅はときどき奇妙な匂いがする」宮田珠己
なんとも脱力系の旅行記です。
著者も書いているように、「旅先の国や地域の文化についてほとんど触れられることのない旅行記になっており、かといって自分探しのような切実な内容とも違い、旅の感触にまつわる話がメイン」となっています。
例えば、インド、ラダックの民宿に泊まったときのこと
「宿の主人以外は英語も通じないが、それでも私はなんとなく気を遣って、バター茶を飲みながら、わかったようで全然わからない会話を家族としてみたりした。
(中略)つまり、普通の家であった。普通の人生がある普通の家。住居も服装も食事の中身も日本と違うが、まったく普通。世界中どこへ行っても、そこには普通の家があって普通の暮らしがあるのだということを、旅人にあまねく教えるために、民宿を始めたのではないかと思うほどだ。」
この描写、ラダックでなくても、何処でも当てはまるような。
「バター茶」という言葉がなかったら、アジアにすら限定されない、全世界に当てはまるような文章です。
何の役にも立たないが、しかしなんともいえないユーモアに全編溢れています。
「神さまショッピング」門田光代
こちらもある意味、変わった旅行記です。
宗教無き日本に生きる登場人物たちは、願いや救いを求めてあちこちの神社仏閣、スリランカやパリなど海外のお寺や教会に行くのです。
それは「人に言えない悪い願い」の為であったり、「縁切り」の希望であったり。
笑ってしまったのは、この春私が行った香港の「天后廟」が出て来たこと。
「門からして極彩色が多用されているのは、いかにも異国の寺院といった風情で奇妙には思えないのだが、敷地内に次々とあらわれる神様たちが、何かこう…、清花は言葉を探す。何かこう、そう、冗談みたいなのだ」
清花は子宮癌の宣告を受けてかなり思い詰めてこちらを訪ねるのですが、なんだか笑えて来てしまったのでした。
ちなみに「神さまショッピング」という表題は
「診断に満足が行かず、医者を次々とかえることをドクターショッピングというのだと聞いた時、自分がしていることは正にそれだ、神さまショッピングだと吉野は思ったことがある。ここだ、ここならば私は許して貰える、解放して貰える、そう思って各地の寺院仏閣を訪ねるようになって20年近くになる」
から来ているようです。
この2週間で他に読んだ本
「目からウロコの絵画の味方」 大橋巨泉
「モンテレッジオの小さな村の旅する本屋の物語」 内田洋子
「宙色のハレルヤ」 窪美鈴
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