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2018年09月25日10:57

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生駒ビル読書会「1Q84」

大阪・ビジネス街の北浜にある「生駒ビル」での読書会。
7月にオウム真理教・地下鉄サリン事件の実行犯らが一気に死刑執行されたこともあって、主宰者の土居豊氏から、
「1Q84」を再度読んでみましょう、と提案が。
わたしは今年1月からの参加なのですが、過去、この読書会でも「1Q84」が取り上げられたそうです。

大ベストセラーにもなったので説明するまでもないかもしれませんが、「1Q84」は、表向きはスポーツインストラクター、そして裏稼業は女殺し屋、という「青豆」と、予備校で数学を教えながら小説を書いている「天吾」の物語。
ふたりのお話が交互に展開していきます。
青豆が殺すのは、女性に暴力をふるったり、女性の人格を損なうことを平気でやる男たち。
彼女の親友が夫のDVが原因で自殺したのがきっかけでした。
そして青豆には、両親がカルト宗教「証人会」の信者で、本人は小学生の頃決心して信仰を捨て、両親とも縁を切ったという過去が。
天吾はひょんなことから、「ふかえり」という美少女の書いた不思議な小説『空気さなぎ』のリライトを引き受け、その小説は話題を生んでベストセラーに。しかし「ふかえり」は、カルト教団「さきがけ」の教祖の父親のもとで育ち、その教団はなぞに満ちていて、ふかえりは壮絶な体験をしたらしい・・
そして青豆と天吾は千葉県市川市の小学校でクラスメイトだった因縁がありました。

ちなみに「1Q84」は「BOOK1」「BOOK2」「BOOK3」と全3巻ありますが、今回は「BOOK1」がテーマです。
以下、土居さん、この読書会のオブザーバーでビルのオーナー・生駒さんをはじめとする参加者たちの感想や討論をまとめてみました。
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<土居さん>「BOOK2」でこの物語は終わってしまったほうがよかったのでは?
「ふかえり」が書き、天吾の書き直した物語が具体的に出てこないので『空気さなぎ』をそのまま劇中劇のように差し出したらよかったと思う。
「ふかえり」を詳しく描写しているのが、村上春樹らしい。
天吾が(ふかえりの保護者である)戎野先生を訪ねた帰り、電車の中での親子を見かけて、天吾が思いを巡らすその描写がいい。
『空気さなぎ』に出てくる「リトル・ピープル」は、ジョージ・オーウェルの「1984」の「ビッグ・ブラザー」との対比だろう。

<Tさん・男性>『空気さなぎ』をあえて書かなくて正解だと思うけど。

<Uさん・アラサー女性>ふたつの物語が交互に展開するのは、『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』の構成と一緒。
「ビッグ・ブラザー」が前時代的なら、「リトル・ピープル」はもっと洗練された感じ。

<Oさん・30代男性>最初に読んだときはわぁ面白い! という感じだったが、読み返すと難解な所を節々に感じた。
「ビルマの竪琴」の竹山道雄氏の作品に「モミの木と薔薇」というのがありますが、村上春樹の作品に出てくる「壁」や「象つかい」の概念はここから影響を受けてる気がした。
エルサレム賞での「卵と壁」のスピーチも、「風の歌を聴け」の冒頭を想起させる。

<Tさん・女性>天吾のフラッシュバックの体験(赤子の自分、父ではない男とたわむれている母親)のシーンが印象的。
天吾の父親がNHKの集金人で、集金のために子どもの天吾を「ダシ」にして回ったりとちょっと悪く書かれているので、NHKからクレームが来なかったのか?
随所にユーモラスな表現があって笑ってしまった(国勢調査にハゲを回答する欄があったら、とか・・)。

<Rさん・60代女性>音楽と服装について注意深く読んでみた。ヤナーチェクの「シンフォニエッタ」がぴったり合う。お料理のシーンも、この場面でこれを食べたらちょうどいいな、と思えた。服装の表現はいまひとつかな?

<Iさん・女性;職業は占い師とのこと>タイトルは、プリンスの歌詞の表記を思い出した。物語で「月が二つ見える」という荒唐無稽な設定が出てくるが、占星術では、月は母親のメタファー。月がふたつというのは母親像の分裂と思われる。火星だったら「月が二つ」というのはありえるシチュエーション。
「ふかえり」は、放火犯として捕まりワイドショーを騒がせた「くまえり」を思い出してしまった。美少女作家、としてまつりあげられた虚像は、バブルの頃の「椎名桜子」がモデル?と思う。

<生駒さん>この小説自体は天吾が書いた体裁で、青豆の章は、天吾が青豆に向けて書かれた物語ではなかろうか。天吾の体験によって、青豆の物語が影響されていく気がした。
つまり「1Q84」の物語の外に天吾がいるような気がする。
青豆の殺人も、「老婦人」(殺人依頼をする資産家)のゆがんだ正義感に感化され、自分で考えなくなったと思う。
青豆は、オウム真理教の林泰男みたいな存在。
「リトルピープル」とは、ふつうの大衆。
私は「1Q84」は、全体主義への警鐘、ただ人に従っているだけではいけない、というメッセージだと思う。

<ごんふく>(村上氏が7月29日に毎日新聞に寄稿した、オウムのサリン事件実行犯たちの死刑執行につての文章を提示しつつ)、読み返すのは3回目だが、物語にぐいぐい引き込む力は凄い。純文学だが、ちゃちなミステリーよりもずっと面白い。青豆、タマル(老婦人のボディガード)、牛河(なぞの醜い顔の男)など、キャラの立った人物が多い。好きなキャラはタマルだが、サハリン残留朝鮮人でゲイという設定が、日本の近代史の影の部分への怒り、そして村上氏のマイノリティへの共感がどこか感じられる。
物語に出てくるカルト教団はいくつかモデルがあるが、カルトの危険性をよく描いている。

<土居さん>カルト的なものに打ち勝つには、自分の物語を創らねばならない、というのが村上春樹の主張。
「1Q84」は、平均律クラヴィーアの構成を踏襲していて、BOOK1、BOOK2が出来ている。
無駄なシーンが、無駄にうまく描かれているのが村上春樹の魅力。本流のエンタメ小説は、無駄なものはカットしていくものだ。

<生駒さん>戎野の奥さんの死と老婦人の娘の死。
この死んだふたりはもしかして同一人物?

<Rさん・60代女性>青豆みたいな人は実際にはいないかもしれない(新興宗教にハマった親との決別、親友の死などを契機に性的に奔放となり、見ず知らずの男と一夜を共にすることを繰り返す)けど、似たような抑圧された女性は多いと思う。

<ごんふく>作家の柳美里さんが同様な事を昔書いていた。ご存知のように彼女は出自が在日コリアンというマイノリティーで、幼いころから学校でのいじめや両親の不和などを経験し、家出や自殺未遂を繰り返した挙句、「リストカット行動がセックスに向かった」と。

<Tさん・女性>東電OL殺人事件の被害者女性もそんなところがありましたね。

<生駒さん、土居さん>でも「あゆみ」みたいな女性警官はいないと思いますよ(「あゆみ」は警視庁の警官ながら青豆と親しくなって、「男あさり」を一緒にする。彼女は性暴力に幼い頃さらされていた)。さすがに警視庁の警官がそういうことをするのは・・逆に男性警官はありえるかもしれないけど。

<Rさん・60代女性>いや、「女性でそんなことをするひとはいない・・」という枠組みや、男ならやってもおかしくないけど、女は・・という思い込みが問題だと思いますよ。

<Iさん>青豆やあゆみのミサンドリーが感じられますね。

<ごんふく>ミサンドリーって・・? あ、「ミソジニー」の反対ですか?

<Iさん>ハゲが好みって話が出てくるでしょ。男が嫌いだからこそハゲでいい、と。

<Rさん・60代女性>顔を醜悪なまでにしかめる青豆の描写って?

<土居さん>顔面神経痛的なものでしょうか。

<生駒さん>顔をしかめて、それをまた元に戻す。収縮と解放を意味しているのでは。

<Iさん>かわいらしいより、しかめっつらしているほうがカッコいい、という美学だと思う。青豆が着ている服がジュンコ シマダ だもの。

<Rさん・60代女性>しかめっつらの青豆が、内面が現れている状態だと思う。

<Oさん>「シンフォニエッタ」の曲について、チェコ人の知り合いに訊いてみたところ、「小人が踊ってるみたい」という感想だった。まったくの偶然だが。「1Q84」には「リトル・ピープル」が登場してくる。

<ごんふく>「ふかえり」が平家物語を暗唱するシーンがあるが、村上春樹氏のお父様は国語の教師だったとかで、食卓の話題に日本の古典が出てきてげんなりしたよ、とエッセイで村上さんが書いていた。

<土居さん>おとうさんに平家物語を子供の頃暗唱させられていやになったそうですから。

<生駒さん>平家物語ってほろびの美学。
殺人を正当化する老婦人への挑戦ではないかと。
また、天吾がリライト作業をして、自分の描く小説が逆に深いものになっていった、というのは、「リライト作業」が村上春樹の翻訳体験を表現していると思う。
「1Q84」は、「さきがけ」的な全体主義に対抗するために書いたのだと思う。

<土居さん>「空気さなぎ」的ワクチンが世に広まったのならいいと思う。

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ベストセラー作であり、問題作であり、さまざまな意見が飛び交い、熱気のある読書会となりました。
わたしはRさんが「男の警官は性的に遊んでいてもいいけど、女性警官はありえない、ということこそが思い込み」とズバリ指摘したのが、目からうろこの思いでした。
逆に青豆のキャラ設定は、そういった「女はかくあるべき」という縛りを解き放つような自由さもあります。村上氏にはそういう視点もあったのではないかと。
また、わたしは女を泣かす男を懲らしめる青豆に、爽快感も感じていましたが、あくまでも殺人は非合法。
正義のためなら人殺しもかまわない、という思想になりかねない危うさも描いているのは、生駒氏の指摘通りです。
そして生駒氏の「ただ人に従っているだけではいけない、というメッセージだと思う」という指摘は、まさにこの作品が包含しているものだと思いました。
(9月12日)

次回は10月におなじ「1Q84」の「BOOK2」の予定です。
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