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2017年02月04日17:17

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新旧作ハシゴ

 まずは午前十時の映画祭にて「奇跡の人」を。

 福祉の勉強をしていると、必ず出会う言葉があります。
 「ノーマライゼーション」もそのひとつ。
 障害を持っている人もそうでない人も同じ社会で生きていけるよう、可能な限り社会的環境や生活方法における両者の差を縮めていこうとする考え方です。
 「奇跡の人」において、三重苦の少女、ヘレン・ケラーに対してアニー・サリバン先生がやろうとしたのはまさにこのノーマライゼーションでした。

 アニーはヘレンの父親、ケラー氏にこう言います。
 「この子に必要なのは哀れみなどではありません! 生きるための力です! そして人間らしい振る舞いです!」

 世間にはまだまだ「福祉=施し」という考え方が根強くあります。
 どうせ目が見えないんだから、口がきけないんだから、無理に世の中に出てこなくたっていいじゃん。そのかわり、こっちのお情けでとりあえず生きていけるようにはしてやるからさ。
 ヘレンに対する家族の態度は、このような無慈悲で高慢なものではないにしろ、根本においては同じでした。
 心身に障害を負った人たちは本当にそんな「お恵み」を望んでいるでしょうか。自身も視覚障害を持っているアニーは断固としてその「ソフトな差別」に抗います。
 「奇跡の人」という作品が感動的なのは、ヘレンの人間性の復権と同列に、アニーの勝利が輝かしく誇らしく描かれているからでしょう。

 先週観た「アラバマ物語」や「十二人の怒れる男」同様にこの作品も「人間的教養」の一環として広く観られるべきだと思いました。


 次は「マグニフィセント・セブン」。

 これはまあ、作品としてはペケです。
 暴虐な大企業に叛旗を翻した人々が七人のガンマンを雇って戦いを挑むお話ですが、肝心の七人を集めるシークエンスがちっとも面白くない上、雇い主である町民たちとガンマンとの、反目から連帯に至るプロセスが全く描かれないので、ドラマ的なうねりや盛り上がりがないんですね。
 ジョン・スタージェスの「荒野の七人」がいかに素晴らしい作品であったか、改めてよーくわかりました。

 とは言うものの、クライマックスのアクションシークエンスはなかなかに見るべきものがありました。
 ガン・ファイトだけでなく、弓やナイフを使った殺陣はカッコいいし、途中で怖じ気づいてしまったガンマンが助っ人として戻ってくるあたりのタイミング(それが誰であるかは観てのお楽しみ)など絶妙で、大いに点を稼いでます。
 また、悪党どもを単純に撃ち殺すだけでなく、馬で踏み殺すなど、細かい工夫がされているのもいいですね。こういうところはちょっとマカロニ・ウェスタンっぽいですが。

 最後の最後には教会の前でのショウダウン(決闘)という趣向があったりして、これも気分が良かったです。

 この種の活劇に飢えていたものですから、そこそこ気持ちよく観られたってところですね。
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