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2016年12月25日22:25

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(承前)「今の言葉で古典! 枕草子から平家物語まで」第2部

(第1部からの続きです)

第2部 19:30〜20:30
「戦記・平家物語と日本文学」
 古川日出男×池澤夏樹

<池澤>場内、エッセイの色に染まっているところに、平家物語の話はしにくい(笑)。
本当は、あす、日を改めてお話ししたいぐらいなんですけど・・。

なぜ、古川日出男さんに現代語訳を頼んだかを話します。
訳は学者ではなく、作家にお願いしよう、と。大事なのは文体なんです。
内田さん流に言うと、生理的に乗り移られるか?
平家物語は展開が早く、むくむく膨らんでいる。
古川さんの文体もそうです。そういうマッチングが成立する、と。

<古川>自分のもともとの資質と平家物語は、近いな、と思いました。
書いていることと、語っていることが、同じフェイズになる場を生み出したいな、と。
当時は耳で聴いていたはず。音が聴こえてくるような現代語訳をしなければならない。
自分が心掛けていることと近い。

<池澤>(嬉しそうに)そうでしょ?

<古川>南北朝時代には、平家物語の作者が六人いると言われていて、加筆、増筆がなされてます。
これを古川の「ヴォイス」でできるのか?

<池澤>出来上がってみると、統一感が素晴らしい。一つの方針のもとにまとめられている。

<古川>ありがとうございます。

<池澤>昔の作品って「編集本」なんですよ。
集めて、並べて、一つの原理で縛る。

<古川>ミックスして、入れ替えて、という作業は現代作家にもあって、それをやれば訳せる、と。

<池澤>先行作品から押し広げるというやり方は、昔からあります。

<古川>平家物語はなんでも入れたい、というのが爆発している、楽しめる百科図鑑という気がしましたね。

<池澤>平家がのし上がってくるところがはしょられて、ピークから始まっているのは?

<古川>院政の長に入り込めなかった距離感でしょうか。
ハルマゲドン的悲劇を描きたかったのでは。

<池澤>のしあがるところは、喜劇だからね。
清盛は、物語の半分のところで、唐突に死んでしまいます。
この構図の作り方が、すごいことだ、と思う。

<古川>それがクリアになるよう、現代語訳をやりました。
最初は享楽的な清盛から、読むだけで時代が劇的に変化するのが分かるようにしたいと思いました。

一番動いていたのは、翻弄されていた一般の人々だし、たった10年で日本が変わっていったのがわかるように文体をいじってみました。
貴族たちの「いたしました」、といった文体から、武士の時代はがらっと変わる。

<池澤>古川さんの訳の文体は、短い、倒置法を使う、グルーヴ感がある。僕はCD化したらいいんじゃないか、と思いました。
ドイツではプルーストの「失われた時を求めて」の全20巻の朗読CDなんかが出てるんですよ。

<古川>自分の文体で書いているとぶつかるんですよね。数十人の声を一人の声で書けるのか、と思いつつ二年の長丁場で訳しました。

<池澤>今回の文学全集で依頼した、どなたの訳からも、「声」がたちあがるんですよ。

<古川>僕は琵琶法師の声だけでなく、バチの音まで聞こえるようにしました。
池澤さんが現代語訳された「古事記」ですけど、あれは書かれた当時の意図をも訳しましたか?

<池澤>天皇家の権威づけ、ですね。
アマテラスからの系図で秩序づけられるけど、でもそれは骨格であって、細部には全然違うセンスがある。
仁徳天皇が、民のかまどから煙が立ちのぼっていないのに気づいて、3年税を免除し、またかまどから煙が出るようになった、なんていう慈悲深いエピソードもあるけど、それは仁徳天皇だけ。
そのあとは女がらみのゴシップですよ(笑)。
天皇の権威づけ、というのは原文の段階では見えてこない。
英雄譚じゃないんですよ。
戦闘場面も少ないし、あとはずーっとゴシップ。
でも当初は「古事記って天皇制賛美の本でしょ? 池澤さんがそんなの訳していいんですか?」なんて言われたりしましたけど(笑)。

<古川>うん、うん。

<池澤>相手を半分生き埋めにして殺したとか、ひどい奴が出てくる。人間臭いエピソードがどんどんふえる。

<古川>平家物語は、戦争賛美みたいなイメージだけど、登場人物は、いくさはイヤだな、と言っている。パブリックイメージとは違う。
戦争賛美で2年間(の翻訳作業)はイヤだと思ってたけど、解像度を上げるようにして訳しました。

<池澤>忠臣蔵は、武士道のあるべき姿として、軍人賛美に使われ、高度経済成長期には、分担して目標をやり遂げる見本みたいなとらえ方がなされます。
でも、男と女の話も出てくる。時代で読み方が違う。

日本人は弱い者に気持ちが寄っていく。英雄崇拝にならないのはなぜだろう?


<古川>隠された身分制、だと思う。
それがえんえんずっとあって、うまくいかなくなったほうに、肩入れする。

<池澤>ヤマトタケルは明らかにヒーローなのに、最後は嘆きながら死ぬ。義経もそう。ヒーローらしくない。

<古川>完成された理想を、本当は求めていないのかな、と。
滅びていく不幸なもの、負けていくというものに視線が向く。

<池澤>異民族は殺してしまうけど、日本人は基本的に言葉や顔が同じ民族だから、一方的に勝つ英雄は書きにくい。
平家物語では女は殺さないですね。

<古川>勝っているのに寝返るのはいいこと、という考えがあります。
しかし平家物語は同一民族なのに殺しあえるのが不思議だった。

<池澤>平家物語は軍記ものと思われていますが、女たちの活躍が多い。
古川文学における、女性と平家の重なりは?

<古川>何かを「持ってる」人しか棟梁になれなかった。平家も源氏も皇族の流れをひくとされていたし。
「持っていない人」が持ちたい、というのを表現するときには、女性を使わないといけない。
仏教が入ってきた当時は、女性は穢れているから成仏できない、とされていたんだけど、平家物語は女人往生で終わります。

<池澤>ある時期までは、女性は歌人、随筆・日記作者もいたが、パタッと止まり、次に出てくるのが樋口一葉。なんでなくなっちゃったんだろう? と疑問に思ってました。
それは社会が変わったから。
女系社会から武士が出てきて男系社会になる。
女性は言いたいことも言えなくなる。
高群逸枝という女性史の研究家は、それは応仁の乱から変わった、と言っています。
東洋史学者で中国学の権威の内藤湖南も、応仁の乱以前とあととでは、まったく社会が違うと書いている。
文学全集の編集って、勉強になるな、と(笑)。

<古川>宮中文学のように、同じ場所にいて動かない人が、動かない人を対象にして書かれていたのが、戦争で男たちが大量に移動し、文学のストラクチャーに入らなくなる。

<池澤>唯一例外は巴御前。女で、武士でもある。

<古川>僕、訳の中で唯一、原文にないセリフを書き加えたところがあるんです。
「殿!」と言うところ。
巴御前が木曽義仲と別れる場面です。

<池澤>人形浄瑠璃の静御前のは、絶対、巴御前を引用してるな、と。

御霊信仰(ごりょうしんこう)ってありますよね。
一番知られているのが菅原道真、平将門。
では、安徳天皇の霊はたたらなかったのか? 幼かったからいいのかしら?

<古川>後白河は後鳥羽を擁立しますね。

<池澤>ヤマトタケルはたたらないです。
嘆きながら死んだけど、父親を恨むことは口にしていない。
義経も兄に対するうらみごとは言っていない。度量の問題なのかなあ。

<古川>主体的な意思の死じゃないから、かもしれない。
僕は、壇ノ浦のシーンを訳しているとき、たたられました(苦笑)。
朝、起きられない。
原稿を受け取った編集者もたたられたと言ってました。

<池澤>ゲラを受け取って読んだ僕はそんなことはなかった。だんだん薄まっていったのかな(笑)。
安徳天皇は対馬に落ち延びて長寿を全うした、という説もありますね。

古川さん訳の平家物語は816頁ありますが、おすすめは?

<古川>ゲラは3校までやって、この前語りは、平家が乗り移ったんじゃないかと。
目次にサブタイトルを付けて、これで平家物語の構造がわかる仕組みです。

<池澤>目次の工夫はすごく効き目がある。

<古川>「祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり」という、日本人全員が言える冒頭を持っている古典を引き受けてしまった・・・でもそれが腕の見せ所、と思いました。
実は60年前に、河出から作家の中山義秀が訳していますが、中山さんは高校の先輩なんですよ。
ところが読んでみると冒頭から、
「祇園精舎の鐘の音は、諸行無常の響きがある」って、
全然訳していない(笑)。
わかったよ、先輩、もうオレがやるよ!! そんな感じでした。

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第1部、第2部ともとても興味深いお話が聴けました。
「古典」は学校の教科書で習うもの、受験勉強のためのもの、とっつきにくいもの、というトラウマのあるわたしのような者にとっては、現代語訳によって、千年前も21世紀も変わらない、普遍性がよりくっきりとなるような気がしました。
それにしても、平家物語や枕草子がそんなに長大だったとは。

かつて勤務先があった築地の街をなつかしく思いながら歩き、通勤ルートだった日比谷線で宿泊先のホテルに帰りました。
(12月21日、浜離宮朝日ホール 小ホールにて)
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