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2016年12月06日17:32

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映画「この世界の片隅に」

まぎれもない、傑作。
アニメ映画、という枠を超えて観る者の心を揺さぶる。


物語は昭和8年から始まる。
すず(声・のん)は広島に暮らす少女。
おっとりしてマイペース気味。
家は海苔を作っており、海岸ですずも海苔を広げて干す作業を手伝う。

幼いころからすずは絵を描くのが大好きだった。
学校の宿題で、すずの幼ななじみの水原は、絵を描けずにいた。
高台から見た海の白波を、うさぎに見立ててすずは描き、その絵を水原に渡す。

広島の街なかに出ると、すずは洋風建築の産業奨励館をスケッチ。
水辺に建つ壮麗な石造りの建物は、絵が得意なすずにとっては、描かずにいられない場所だ。

やがて成長した18歳のすずに縁談が舞い込む。
先方は、街で見かけたすずに一目ぼれしたのだという。
相手のことをほとんど知らぬまま、すずは花嫁となって昭和19年、北條周作(声・細谷佳正)の住む呉に嫁いでゆく。

呉は軍港で、周作も海軍の文官だった。
街にはおおぜいの海軍兵、港には軍艦・大和の姿が。
周作は、知らない町に不慣れなすずにやさしく接してくれるが、北條家には「出戻り」の義姉・径子とその娘の5歳の晴美がいた。
径子はいきなり「広島から来たゆうから、どんなあかぬけた娘かと思うたら・・」とすずに嫌味。
なにかとキツいもの言いをする。

あるとき買い物に出たすずは、まったく雰囲気の違う街路に迷い込む。
そこは遊郭街だったのだ。
とまどうすずに話しかけたのは、遊郭で働くりんだった。
得意の絵を、りんに描いて見せるすず。
婚家での毎日にとまどうすずにりんは、
「この世界にそうそう居場所はなくなりゃせんよ」と言ってくれるのだった。

ある日、北條家を訪ねてきたのは水原。
巡洋艦「青葉」の乗組員だった。
水原もすずも、子どもの頃ほのかな思いを感じていた。
それを知って、あえて周作は「ふたりきりで話したらええ」とすすめてくれる。

やがて、おだやかなすずの日常も、戦争の影響を色濃く受ける。
実兄の要一は戦死。
軍港の呉への空襲は激しくなり、庭に掘った防空壕に逃げ込むのが日常になった。
空を埋め尽くす艦載機が恐ろしいほどの爆弾を降らせてゆく。

姪の晴美を連れて駅に行こうとしたすずは不意の空襲で、近くにあった防空壕へ。
ようやくおさまったあと、壕から出た二人を悲劇が襲う。

重傷を負ったすずは、悲しみをこらえながら必死に毎日を生きていた。
8月6日、呉の街も一瞬何かが光り、地震のように大きく揺れる。
広島方面を見ると、そこには、見たこともない大きく奇妙な雲がたちのぼっていたー。


封切りされてから評判の映画。
わたしが見たのは90席ほどのミニシアターだが、平日の昼間の上映なのに、30分前に来ると9割がた席がもう埋まっていて、上映時には満席に。

とても丁寧に、たんねんに作られた作品だ。
派手なCGの演出はないけど、原作マンガの、こうの史代の優しいタッチそのままの絵柄が好感が持てる。
昨今のアニメの、やたら瞳のボリュームの大きな造形がわたしは苦手なので、逆に物語に入っていきやすい。

戦争の悲劇を描きながらも、物語のトーンはあくまで静かで穏やかだ。
声高に、戦争のひどさや恐ろしさを訴えるわけでもない。
戦時下の不自由な暮らしの中で、すずは工夫して食材を探して食卓を彩る。
着物をリフォームしてもんぺを縫う。
しかし、丁寧で丹念な暮らしを送っているからこそ、それが失われてしまう、戦争という残酷なものとの対比がきわだつ。

アニメだけど、いや、アニメだからこそ、空襲のシーンは恐ろしい。
ごく普通の人々が脅かされるさまは、当時のフィルム映像以上に突き刺さる。
それは映画を見ているうちに「すず」が、他人とは思えなくなるからだ。
けなげでいとおしい女性が、まさに正面の画面の中で危険にさらされているからだ。

爆弾が、自分の頭上に降ってくるー。
いまや日本の大多数である戦後世代には、そのリアリティは実感しにくい。
しかし、そんな不条理はやはりとてつもなく恐ろしい。
改めてそういった恐怖を、わたしの親世代が身をもって経験していたことの凄絶さを思う。
女学校に入ったものの授業はまったくおこなわれず、軍需工場で働かされていた義母は、折に触れ、工場が空襲を受けて逃げまどった体験を話してくれる。

何より、「すず」役ののん(旧芸名・能年玲奈)の声がいい。
すずのおっとりしたキャラクターにとてもぴったりだ。
彼女はご存知の通り、大ブレイクした名作ドラマ「あまちゃん」では東北弁を話す少女を違和感なく演じていたが、今度は広島弁。
方言をすっと体になじませる才能があるのではなかろうか。

炸裂する爆弾が、「すずが描いたであろう絵」で現わされる。
それはこの上なく悲しい。
その絵は、彼女の思い描いていた世界とあまりにも違いすぎるから。

戦前の広島、呉の街並みも映画の中で忠実に再現されている。
だからこそ、8月6日のあとの無残な広島の街に声を失う。
目を瞠るほどだった産業奨励館は、がれきの中に一部を残して焼け残っていた。
それは「原爆ドーム」として惨禍を幾世代後にも伝えるための使命だったのかもしれない。

多くの人に見てほしい、そしておそらく「アニメの名作」として残っていくであろう、片渕須直監督の会心作である。
(11月29日、テアトル梅田)
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