映画「うつくしいひと」は、もともとは、熊本県のPRのため、熊本出身の行定勲監督が、昨年10月に撮影した、ショートムービーだ。
出演者も、熊本出身の俳優たちをそろえ、今春、ネットでも配信されていた。
ところがご存じのように4月14日、16日の大きな地震により熊本県はたいへんな被害を受けた。
そのため、「うつくしいひと」は急遽、被災地支援チャリティーのため、全国で上映されることになる。
わたしはすでにネット配信で見ていたのだけど、やはり大きな画面で見たかったし、かつて熊本に住まい、さまざまな想い出をもらった地でもあるので、大阪でも上映されると知り、見に行って来た。
東京では行定勲監督や出演者たちも登壇して挨拶し、上映会が行われたらしい。
わたしが見に行った「シネヌーヴォX」は、小さな小さな、20席ほどの、映画館というより、試写室のような部屋だ。本編の前に、行定監督と高良健吾さんのこの映画についての思いを語った短いインタビューが流れる。
透子(橋本愛)がアルバイトをしている書店に、黒いコートに身を包んだ男性(姜尚中)がやってくる。
その男性は透子の前で、
若い女は美しい
でも、年老いた女はもっと美しい
というホイットマンの詩をなぞのように暗唱して店を出た。
同じ頃、透子の友人・田上(米村亮太朗)が、「怪しか男が、トウコちゃんのお母さんばじーっと見よらした」と知らせに来る。不安になった透子は、探偵をやっている玉屋(高良健吾)に、いっしょにお母さんをガードして、と頼む。
華道の先生をしている透子の母(石田えり)の教室へ寄った透子。
その庭からじっと母を見つめる男がいた。
夜、透子は母から、亡き父が高校時代、文化祭のために撮った8ミリフィルムが残っている、と聞かされる。せがんで見せてもらうと、家のふすまに映し出されたのは、若き日の高校生だった父と母。そして父の親友だったというメガネをかけた同級生の男の子。
楽しそうな笑顔の三人の後ろには通潤橋。
「おかあさん、可愛いかあ」。
田上から「例の男が目の前におっとたい!上江津湖!」と連絡が。
あわてて透子と玉屋が駆け付けると、そこにいたのは、本屋で出会ったあの男だった。
男は「よかったらつきあってくれますか」と透子を誘い、熊本城、菊池渓谷、阿蘇へと向かう。
男は映画監督で、撮影のために熊本に来ていたが、実は、透子の父の親友だった。
そして彼も透子の母に恋していたが、とうとう想いを告げることはできなかったのだ。
熊本城の天守閣を見上げる石段で、菊池渓谷の渓流の中で、阿蘇の草千里で、男は、高校生の頃の自分と、親友と、透子の母の幻影を見る。
それはあまりにも切ない追憶だった。
男は透子に、鼈甲の櫛を渡す。
それは高校生だった自分が、ついに渡すことのなかった想い人へのプレゼント。
透子を熊本城の入り口まで送った男の前に、心配してやってきた透子の母の姿が。
一瞬、車の中の男と目が合い、高校時代のようにほほえむのだった。
このフィルムには、被災前の美しい熊本城がある。
期せずして、それを焼き付ける映像となってしまった。
物語自体も切ないが、見ているわたしはそれ以上に、「ああ、こんなきれいな熊本城だったのに・・」と胸に迫ってきてしまう。
もとの姿に戻るのにどれだけの歳月がかかるのだろう。
雄大な阿蘇でさえ、地割れや山崩れで甚大な被害を受けた。
撮影は、昨年の10月というが、10月のいつごろだろうか。
盆地の熊本は大陸性気候とでもいうのか、10月の初めまで半袖でもいいくらいに暑く、その翌週からいきなり、毛糸のセーターが必要なくらい冷え込む。
熊本に住んでいた頃、ここは春と秋がないよなあ、と思ったものだ(笑)。
映像はやわらかな光に包まれて、まだ紅葉前の街の姿が見られる。
透子の母が華道教室を開いている和室は、夏目漱石の旧居だ。
この映画が、少しでも被災地支援の一助になりますように。
(6月1日、シネ・ヌーヴォX )
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