政治学者・白井聡氏をホストに、毎回ゲストを迎えて語り合う、朝日新聞社のイベントに行ってきました。今回ゲストはロシア文学者・亀山郁夫氏。
テーマは「ロシア人の心とは?」。
白井さんはこげ茶のスーツ姿、対して亀山さんはノータイで、セーターの上にグレーのジャケット。
例によって、撮影、録音不可だったので、お話を聞きながらのわたしのメモから書き起こしているため、話の流れがうまくつながらなかったり、聞き洩らしがあったりしますので、ご容赦ください。
以下は当日の対談内容です(12月3日・中之島・アサヒコムホール)
(白井)
亀山先生とのなれそめなんですが、わたしは一橋大学の大学院でレーニンの研究をしてましたが、一般にはレーニンの専門家がいない。そのころ「磔のロシア スターリンと芸術家たち」という亀山先生の本を読みました。スターリンは文化弾圧した大悪人、という単純な図式ではないというこの本は大佛次郎賞を受賞し大ヒットします。わたしは東京外大の亀山先生のゼミに聴講生となってもぐりこんでました。先生はそのうえ「カラマーゾフの兄弟」の翻訳で多忙になってた時期なんですが。
(亀山)
「磔の・・」の主題は「二枚舌」です。絶対権力者のもとで芸術家は弾圧に耐える一方、権力者におもねり、さらにそれを熱中してやってしまう。エイゼンシュテイン、ショスタコーヴィチがそうです。
白井さんが来て「ソ連の全体主義の検閲制度をやりましょう」ということになり、白井さんは「未完のレーニン」を書かれた。その活躍がうれしいです。
白井さんはね、かつての早大総長の白井克彦さんの息子さんなんです。その頃、私も東京外大の学長で、全国の大学学長の集まりで白井総長から「息子がお世話になってます」って挨拶されちゃって。息子さんだってずっと知らなかった。
(白井)
きょうのテーマは「ロシア人の心とは?」ですが、今まさにロシアはシリアに介入し、トルコと衝突していますが。
(亀山)
プーチン大統領の支持率は90%。まるで聖人扱いです。
全体主義的で危惧される、と皆さんは思われるだろうが、西洋の合理主義的な考えで捉えるとロシアはわからない。
権力が強くなるほど、強力なもので束ねられるほどひとりひとりは自由になる、というマゾヒスティックな心情を持ってます。一部の作家はリベラルな言動もありますが、あれは西側の支持を失うまいとしてのポーズ。19世紀のロシアの作家たちの受難を思えば、今は芸術家に縛りなどないのと同じです。
わたしはいまだに、「ソ連は崩壊すべきではなかった」と思っています。
1970年代のソ連は心の豊かさで言えば黄金時代、お金でない豊かさがありましたし、それが持続してほしかった。
わたしは1984年に研究のためソ連に渡ったらスパイ容疑で捕まってしまって。だからゴルバチョフの登場は大歓迎でずっと応援していました。
一昨年、彼へのインタビューのために訪ロしたんですが、その彼でもロシアのクリミア併合は正当である、と言うんです。
(白井)
ソ連が潰れた原因は何だったのか?
それは「借金」です。金を貸したのは西側の金融機関。
借金漬けにして、体制を根本的に転換しなさい、と突き付けた。アメリカのレーガンがふたたび軍拡レースに引きこんだ。それをファイナンスしたのが日本。アメリカ経由でソ連を崩壊させたわけです。
(亀山)
ソ連〜ロシアは軍拡競争のトラウマがあります。
「カラマーゾフの兄弟」についてですが、これは「だれが父親を殺したのか?」がテーマで、いわばライトノベル的に読めるようになったので、ベストセラーになったと解釈しています。
わたしは封建的な世界で生きてきたので、米川正夫氏訳のドストエフスキーを初めて読んだとき、「父を殺す」ということが存在するのか、と驚いたほどでした。それだけ抑圧的なテーマだと言えます。
ましてや家父長的な帝政ロシアです。
父という存在が可能なためには、家庭という閉鎖的な空間が必要です。しかしウインドウズ95の登場でネット社会が始まり、外の世界といくらでもつながり、父の抑圧がなくなった。
団塊世代にとっては父の権威が強く家庭の紐帯を捨てよ、と自立しなければならない。
それがなくなり、父殺しが可能になった。
90年代初め、ソ連崩壊後のロシアではモスクワなどはかなりオウム真理教が入り込んでましたよ。地下鉄でオウムのポスターやパンフレットをよく見かけました。
(白井)
現在は、スマホがあればフルタイム、外とつながる世界ですね。いわば父殺しが当たり前の世代。
歴史がひとまわりしているのか、IS(イスラミック・ステイト)はオウムに似ています。多くの高学歴の若者が加入していますし。
先輩のロシア研究者なんか「なんだかロシアがフツーの国になってしまってつまんない」なんて言うんですよ。いい悪いは置いといて、「ソ連」はちょっと変わった国だった、と。
ロシア民族は世界史で果たす使命がある、という信念をロシア人たちは持っているんです。「社会主義はダメだというのを伝えるのが使命」という自嘲もしてますけど(笑)。
(亀山)
ロシアは慈悲深いツァーリが支配する国、強権的だと彼らは思っていない。ひどかったのはイワン雷帝ぐらい。スターリンは社会主義が生んだ必然で、悪い処で出てきてしまった。極端な両極を持っているということ。ロシアはいわば二進法。極端に移るけど、0と1の間は非常に穏やかだとロシア人は思っている。
世界で果たす使命がある、というのはいわばメシア意識です。1995年以前、グローバリゼーション以前の父を取り戻そうとしているわけです。
(白井)
国防に関する感覚が違います。陸続きの世界ですから。ロシアはクリミアを手離せない。
しかしNATOとも対峙したくない。NATOもドイツのメルケル首相もそれをわかっているため、ロシアに最大の配慮をしている。
(亀山)
対独戦争で2000万人のロシア人が死んだと言われています。
ロシアの右翼なんかは対独賠償で70兆円だと言ってます。
(白井)
日本の外交はリアリズムがない。海に囲まれているから陸軍はよそから来ない。
構造的に「平和ボケ」にならざるをえない。
ロシアの未解決の領土問題が日本の北方領土。これは日本がかなり譲歩せざるを得ません。
安倍首相のような右翼政治家こそが譲歩できる。
領土問題って右翼がいちばん騒ぐテーマなんです。皮肉にもニクソンやドゴールといった右翼政治家が解決できる。
(亀山)
プーチンの支持率が90%というのは領土問題解決についてはチャンスのはずです。
政治は理屈でなく、微妙なバランスの上で決断される。切り札として使いたい、というのなら機は熟していません。
父殺しは自立とかかわっています。
殺される父親はフロイト的な父でなく、道化的な父。(カラマーゾフの兄弟の)フョードルは母的なものと言えます。
1878〜80年に農奴解放をおこなったアレクサンドルが慈愛に満ちた皇帝でした。
わたしは安倍さんは父との対決をしないといけない、と思っています。彼はいろんなところでウソをついている。いわば「母性的」なもので守られている、という甘えがあるからです。
東京オリンピック誘致での「福島はアンダー・コントロール」などが一例ですが。
(白井)
父殺しが可能になった時代を象徴する人物ですね。
ここで対談はいったん終わり、休憩。その後、休憩時間に聴衆から出されたアンケート用紙に書かれた質問に答えるコーナーの後半へ(この項続く)。
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