映画「ジョーズ」は、スティーヴン・スピルバーグの出世作としてとみに有名だが、わたしが見たのは日本での封切から10年近くたったころ、TVでの放映でだった。
パニック映画としてともすればB級映画扱いされているが、わたしはけっこう好きな映画だ。
海水浴客で潤っている海辺の町がサメの出現でパニックになり、警察署長と、海洋学者、サメにかけられた懸賞金目当ての漁師という、全然バックグラウンドがバラバラの男たちが、いろいろと対立しながらも人食いザメと闘うという目標に向かって心を合わせていく過程がよく描かれている。
ラストシーンの、ロイ・シャイダーとリチャード・ドレイファスが岸辺に向かってともに泳いでゆくところもいい。
しかしながら、ひとつ、この映画で気になっているシーンがある。
ロバート・ショウ演じる漁師が、署長と海洋学者に第二次大戦中の思い出を語る場面。
彼は戦艦インディアナポリスの乗組員だった。
ところが日本軍の潜水艦に撃沈されて、多くの乗員が海に投げ出されてしまう。
そこは夜の暗い海。
普通だったら曳光弾を発射して、助けを呼ぶだろう。
しかしそれはできなかった。なぜなら戦艦は重要軍事機密のもとにあったから。原子爆弾の部品を米本土からサイパンの南にあるテニアン島に運んだ帰りだったのだ。
海中の乗組員たちの多くは、回遊していたサメの餌食になってしまった。
「だが、エノラ・ゲイは飛び立って、ヒロシマに原爆を投下した。見事に作戦完了ってワケだ」。
ロバート・ショウの吹き替えは北村和夫。
このセリフを聞いたとき、さすがに「いいのか、こんなのをTVで流しても・・」と憤懣を覚えた。アメリカ人の原爆投下を正当化する言説に加え、それにかかわった人間を英雄視しているからだ。
それから何年か経って、ふたたびTVで放映された「ジョーズ」を見た。別のTV局だったと思う。
例のシーンになったとき、わたしは固唾をのんで画面を見つめたが、なんと前回見たときとは全然違うセリフになっていた。原爆投下にかかわる言葉は一切なかった。ただよう暗い海に浮かんでいたが、仲間が次々にサメに喰われてしまった、というようなセリフに終始していたと思う。
この放映の前に、日本語訳の段階で「不適切」という判断があったのか、前回のときに視聴者から抗議があったのか?
いずれにしても、オリジナルの英語のセリフがわからないのだが、経緯を見ると原爆投下について漁師がしゃべっていたのだと思われる。
昨日のNHKスペシャルの広島の原爆投下の番組で、「8月6日当日の広島市の死者でいちばん多かったのは12歳、13歳の子ども」という言及があった。
痛ましい、としか言いようのない事実だ。
「いたいけな」と、枕詞のように形容詞をつけたい年頃の子どもたちだが、当時は勤労動員で戸外で作業していたりしていたことも、犠牲者が多い原因なのだろう。
敗戦時14歳だった義母も、女学校の授業はなく、毎日軍需工場で働いていたという。
原子爆弾、というけれど、正確には大量殺人兵器、とでも呼ぶべきだ。
1945年8月6日は人類史に刻まれるべき日だ。
あの日、人類は絶対にやってはいけないことをやってしまったのだから。
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