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2016年10月16日09:52

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バベルの塔の意味

「さあ、われわれは町を建て、頂きが天に届く塔を建て、名をあげよう。われわれが全地に散らされるといけないから」(創世記 11:4)

クリスチャンでなくても大抵の人が知っている内容が語られている箇所だ。天に届く塔とはバベルと呼ばれた塔だ。神はこれを見て人々が皆同じことばを話し結託することは良くないことだと判断してお互いの意思が通じないように言語を乱したため、塔は未完に終わらざるを得なくなった。尚、バベルは語源的に混乱を意味する。

天国への階段ができたら神が困るから裁きが下ったのだと考える人がいる。それは的外れな答えだ。ニューヨークに摩天楼がそびえ、ロケットが宇宙に飛び交う時代になっても、全天を支配している神が人の力を怯える理由はない。どんなに科学が進歩しても、人の力で神の国へ到達できるはずがないので神は黙って見守っている。むしろ人を幸せにする技術力の発展を喜ばれるだろう。ただし正しい使い方をしないと罰することもある。

それがバベルの塔の物語だ。冒頭の聖書箇所には神に対する背きがある。ひとつ目は自分勝手に街を建てたことだ。かつてロトが自分の判断で肥沃に見える土地を選んで住んだ結果、ソドムとゴモラは滅ぼされロトは逃げ出さざるを得なくなった。人は目に良さそうな物を選び、自分の力で切り開こうと考えがちだが、最後に失敗する。正しい判断を神に尋ねないからだ。

ふたつ目に「名をあげよう」だ。これは神を軽んじていることばだ。自分たちの力で神の領域に達せると傲慢に陥っている。自分の名を上げるのは天国では無益なことだ。卑下することもないが、栄誉は全て神に帰そう。自分の力ではない、神の力が自分を通して働いたことを感謝すべきだろう。自分を低くする者を神は喜ばれる。

3つ目は全知に散らされるといけないと考えたことにある。人の考えと神の計画の不一致が起こっている。神の約束を信じないから事からこのようなことが起こった。「生めよ、増えよ、地に満ちよ」、これが神の祝福だ。人が人の考えで特定の所に集まり留まり続けるのは良くないと神が判断したから人の言語が乱されたわけだ。

神罰かと思うような理解できないことが起こることもある。多くの場合神の声に従わないことが原因になっているのではないだろうか。神の声なんか聞こえない?それはそうだ。信じない人の耳には届かない。信じる人が皆聞こえるものでもない。だから神の御心の内を歩ませてくださるよう祈る必要がある。ところで、人には神の声と悪魔の甘言が区別できない。だから聞こえた声が悪魔のささやきなのかどうか、常に真の神に問う信仰が必要になる。




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