冒頭から暖かい日差しを感じないだろうか。母親が眠っている赤ちゃんに注ぐ優しい眼差しのように。高音が煌めいているが、決して眩しすぎないように細心の注意が払われている。華麗さを強調するよりは上品な子守唄のような仕上がりだ。赤ちゃんの笑顔が見える
ポール・アンカはこの曲でデビューしたのは1957年だったそうだ。いきなり空前の大ヒットとなり、その名は歌と共に、瞬く間に世界中に知れ渡ったようだ。その後もヒット曲を発表し続けたようだが、この曲のインパクトが強すぎて霞んでしまったような気もする。
「だから、祭壇の上に供え物をささげようとしているとき、もし兄弟に恨まれていることをそこで思い出したなら、供え物はそこに、祭壇の前に置いたままにして、出て行って、まずあなたの兄弟と仲直りをしなさい。それから、来て、その供え物をささげなさい。」
音の響きも漢字もどことなくカッコいい飛翔。いろいろな解釈があるが羊は神を表わしているという中国古来の発想は遠い昔からキリスト教思想が中国にまで届いていた裏づけの一端にもなりえると思う。キリスト教では羊はキリストの象徴であり、キリストは三位一
43年後には2010年になっていて、と歌いだすのだから、そのくらい前の歌なのだろう。本国イギリスでは全く売れずに、日本だけでヒットしたと言われている。日本人の感性に合ったのだろうか。原曲はバッハの名旋律なので悪かろうはずはないが、かなり陳腐になり
スペインと言えばフラメンコの国。短絡的に少し気の強い女性を連想するが、これを聴くとマハは繊細な感性を持つ人だと感じる。夜更けに橋の袂に佇み、愛しい人と離れている辛さをしみじみと歌う。側にいるのが当たり前ように過ごして来た日々には感じなかった
タイトルから悪女を連想したが、そうでもないようだ。ヴェールをつけた女は「俺」の友人の妻と言う事になるようだ。その「俺」は殺人犯として処刑され今は墓の下に眠っている。つまり、歌っているのは幽霊と言う事になる。幽霊はいまさら嘘をつくわけもない。
[サティの詩 11]♪大佐は色合いの深い緑のスコッチ‐ツイードを着ている自信満々で勝利を手にしそうだキャディーがバッグを持って後を追う雲がびっくりしているホールは恐れをなして震えている大佐が位置につく見事なショットを見せてくれそうだ大差のクラブ
デュテイユの歌の雰囲気も声も個人的には好きだが、歌詞の奥が深いのか、文体も使われていることばも平易に書かれているがそれでいて、こんなに理解しづらい文章もない。言葉の万華鏡のような感じで、きれいなのだけれど、全体の主題がどこにあるのか掴めない
マルスリーヌ・デボルド・ヴァルモールは1859年7月23日にパリに没した19世紀の女流詩人。愛に生きた人と言えるのかもしれないが、常に愛が本物かどうか疑いを持ち、幾度か結婚し、子供までもうけているが結局本気で愛されていると実感を持てずに、不安に揺れ
「造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。」(ヘブル4:13)今は牧師をしている友人が昔、献身の前に自分の犯した全ての罪を神の前に告白する
冒頭からずいぶん上品な音楽なのでびっくりした。ウィーンの子供はこんなにしとやかな日常を過ごしているのかと思ったからだ。まるでいいとこのお坊ちゃま風ではないか。タイトルを眺めまわしているうちに、なるほど、ウィーンに生まれ育った人たちで、必ずし
様々な宝石が輝いている草原へ分け入り前進しよう。そこは薔薇の香りに満ちたところ。作法に従い形式を整えれば、調和するリズムに導かれて至福の時を過ごせる。譜面の冒頭にそう記されている。これは紀元前4世紀に活躍した古代ギリシャの詩人アリストパネス
こんこんと湧き水が噴出すような雰囲気で始まる。水は勢い良く流れ畑を潤す。水はきらめき、農作物は一層つややかさを増し加えて、生気を漲らせている。中間部は楽しい昼食の様子だろうか。爽やかな三連音符に風を感じる。作業は辛くても、野外の食事は格別だ
[サティの詩 10]♪紙ふぶきがひらひらと舞い落ちる影のある表情をした仮面をつけた青年がいる酔っ払ったピエロが面白いことをしているドミノマスクで顔の上半分を隠した人たちがやって来るそれをひと目見ようと押し合いへしあい美人もだいなしだ♪[私的コメン
ボッサのリズムに乗せて、ちょっと人生を振り返ってみた歌。南米フランス領ギアナに生まれパリで歌い続けた男。90年に及ぶ生涯で最後まで心に残る思い出は故郷にあったようだ。パリに比べれば、今でも見離されたような片田舎、それでも忘れても尚心が休まる所
1941年夏、朝の点呼で囚人たちは整列させられ、長い間その姿勢を崩すことは許されなかった。少しでも列を乱す者はたちまち看視兵によって殴る、蹴るなどの暴行を受けた。やがて外へ連れ出され、炎天下の中食事はもちろん、水さえも与えられずに長い時間が過ぎ
第1楽章「アルマンド」、即興的な雰囲気を漂わす序奏に続いて主部に入るが、まさにバッハの香りに充満させられる。濃厚な和音の息遣いも装飾音符の節回しも古典への回帰を成し遂げている。芳醇なコーヒーを片手に音色と形式の絶妙なバランスを味わえたら、そ
「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」(ローマ 10:17)信仰とは宗教で使われる言葉で、実体もなく、確信もないのにありがたく頂戴して従うように強要されるものと考えている人が多い。実は信仰という言葉は使
第1曲「悔恨」、懺悔の祈りを表わしているようだ。ユダヤ人にとって最も大切なことだ。ここで神の赦しを貰えないと重荷を自分ひとりで背負ったまま次の一年間を過ごさなければならないからだ。嘆きの壁で涙を流して祈る姿を見て大げさにと思う人もいるだろう
日本ではパリ祭や革命記念日とも呼ばれるが、フランスでは7月14日の祝祭としか呼ばれていないのはなぜか。革命の始まりの日であって、無事に完了した日ではないことと、建国記念日を兼ねていることもあって、あえて名称は付けていないのだろう。しかし大規模
長い序奏にユダヤ人のうめきが表出されている。祖国を失い離散したユダヤ人に共通する苦しみだろう。この理不尽な心の痛みを表わす手段として十二音の非音楽的な音の配列がとても効果をもたらしている。この曲はシェーンベルクがパリに亡命し、さらにロサンジ
穏やかな日差しが野山を照らし踊っている。新緑が精気に輝いている。何と心が和む情景だろう。フルートが風を送り出す。風はゆっくりと上昇して森林浴を楽しみながら広がって行く。薄い影も見えるが、それが曲の美しさ強調する効果になっている。さり気なく通
ミュージカルのナンバーとして書かれた歌。大ヒットして、その後独立した歌として多くの歌手に歌い継がれている。内容からすると、理想の男性を思い描く女性の気持を描いていると見た方がぴったりするので、歌手も女性がふさわしい。聖書の中のたとえ話がこの
[サティの詩 9]♪海は広いですね、奥さんとにかくそれはもうかなり深いし海の底には座らないでくださいね。とってもじめじめしていますから。ご覧なさい、年老いて尚元気な波がやって来ます一群の波は内側に水を溜め込んでいるようですずぶ濡れになられたで
一日の始まりを教会の鐘が知らせる。すると家々では朝の祈りを捧げ、朝食を済ませる。町は目覚め、急速に活気付く。導入部でそんな雰囲気を漂わせている。この神秘的な響きが広がり、ホルンがコラール風の旋律を奏で始めるのを聴くと虚無の中から天地が創造さ
「そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」(ルカ12:15)清貧と言うことばがある。修道士の生き方を表わすような言葉だと思えるが、神は貧しく
第1楽章、なめらかに作動する機械。淀みなく流れて気持が良い。後半で拍子が変わり変調をきたすが、叩いたり、あやしたりすればまだまだ暫くの間は使えそうだ。第2楽章、一見順調に動いているようではあるが、危なっかしげな作動音が混じる。僅か7小節、機械
シャガールの絵を名解釈している歌を見つけた。じっと見ていてもパッと分からないシャガールの絵から状況を構成した詩も超自然的な趣があり面白い。1887年7月7日、旧ロシア、現在のベラルーシに誕生したシャガールの生誕130年を祝して。アーモンドの匂いの画
心の傷が痛みを感じるような始まりだ。降りしきる雨を前にして途方にくれる人。びしょ濡れになりながら元気に走り抜けて行く人。雨は屋根を打ち、窓を叩き、傘の上で跳ねながら街路に波紋を広げ、運河へ滑り落ちて行く。雨の攻撃は時に鋭く、時に執拗で、時に