まさに、グレゴリーならではの歌。今日生きているのが当たり前と感じる人には分からないかもしれない。生後直後に難病だと判明し、今日も生かされている奇跡を誰よりも深く噛みしめて、まだ生きている喜びを毎日感動し、感謝していた気持が伝わって来る。やり
「神には約束されたことを成就する力があることを堅く信じました。だからこそ、それが彼の義とみなされたのです。」(ローマ4:21−22)彼とはアブラハムを指す。神はアブラハムの生涯を用いて、神学的な難しい論議を避けて信仰とは何かを一般民衆に教えてい
シャンソンとして代表的な存在位置する往年の名曲だが、原曲はキューバ生まれの歌詞のないバンド演奏のための曲のようだ。フランス語版の方はほのぼのとした恋の歌で、タイトルの桜の木もりんごの木も複数形になっている。つまり、特定の人物の恋の物語ではな
グランムージャンの詩による最後の歌。原詩は韻を踏むことにかなりのこだわりがあるようで、通常の独り言とはかなり違う文体になっているので、読み取るにはかなりの想像力が要求される。ある日恋をして、その日の内に燃え尽きてしまった愛の歌。これは恋では
メシアンが結婚祝いとして最初の妻クレールに捧げた歌曲集「ミのための詩」は全2巻9曲で構成されているが、その最初の曲。ミはクレールの愛称で、メシアンは常日頃そう呼んでいたようだ。敬虔なクリスチャンらしく、結婚における神の秘蹟がメシアン自身の詩に
[サティの詩 5]♪探し当ててみなさいよあなたが好きな人はそこから2歩の所にいるわよ真っ青な顔して、唇を震わせているわあなた、笑っているの?必死になって後ろに隠れようとしているわあら、見破れずに通り過ぎちゃったわよ♪ [私的コメント 6]コラン=マイ
歌の背景は全く分からないが、これはマイクが最期に恋人に残した手紙のようにも思えて来る。何も言わずに消えてしまうのは失礼だから、一言何かを残したい心境は分からないでもない。自殺を思いとどまってくれたらもっと良かったけれど。根拠のない想像だが、
この後ろめたい雰囲気の愛は何なのだろう。捨て身の不倫関係だろうか。愛は制御できない感情とも言われるが、実は愛ではなく固執や不安である場合が多い。愛はもっと美しく恥じらいのないものだと思うが、この歌には影がつきまとっていると感じてしまって、楽
「子供のための音楽」第2曲。左手にいかにも子供らしいスキップでもしながら歩くのを楽しんでいるような様子が3連符を真ん中に挟んだ四分音符で描かれている。このリズムで大人が歩くのはちょっと疲れる。和音で進行する箇所は手を繋いで軽くジャンプでもして
「聖書はすべて、神の霊感によるもので、教えと戒めと矯正と義の訓練とのために有益です。それは、神の人が、すべての良い働きのためにふさわしい十分に整えられた者となるためです。」(IIテモテ 3:16-17)あるクリスチャンが聖書には作り話も入っている。有
冒頭の8拍に渡るフルートのロングトーンに「耳を澄ませ」との命令がよく表わされている。ソプラノが歌い出すまでの序奏とも言える部分は30小節くらいあり、おそらく自然の中に聞こえる音を模倣しているのだろう。間奏を挟んで声が戻って来てエンディングを歌
もしあの時あれをせずにこうしていたら、と考えない人はまずいないだろう。人生の道には無数の分岐点がある。もし、違う家に生まれて、一生懸命勉強して違う会社に入り、違う人と結婚していたら… 自分で選んだ場合も、必然的にそれしか選べない場合もある。
第1楽章、冒頭に打楽器の一打が置かれ、空間の歪に回想的な情景が映し出され、舞曲風に楽しそうな主題が弦楽器によって提示されるが、それも束の間、場面は嵐の中の甲板での踊りに転じる。場違いなファゴットが亡霊の浮遊のように響く。闇を貫くトランペット
第1曲「プロヴァンスのジャスミン」、子供の頃初めてジャスミン茶を飲んだ時、美味しいとは思えなかった。独特の香が馴染めなかったせいもある。それ以来長い間、ジャスミンは中国産と勘違いしていたが後になってジャスミンの語源はペルシャ語だと知った。フ
鐘が鳴らされ、その余韻の中でフルートとファゴットがかろうじて薄明るくなった夜明けの光に包まれた女子修道会の静謐な様子を映し出す。霞と敬虔な祈りの唱和によって世俗とは隔絶したような神秘感が高まる。キアラは病床で日々の勤めがきちんと果たせないこ
第1楽章、低弦に導かれて始まる序奏に暗雲に立ち込めた暗雲が気になるが、魅力的な旋律だ。長いクレッシェンドでかなり盛り上がる。この流れに逆らえるものはない豊かな響きは大河のようでもある。決死の戦いを前にして意気を鼓舞するような第1主題は勇壮で、
第1曲「街路での叫び」。散水して路面が濡れてキラキラしているのかと思ったが、タイトルにあわせて考えると、子供の甲高い声なのだろうか。冒頭で大きく声を張り上げて、少し離れた所から弱音で返事が返って来る。都会の道ばたで子供が遊んでいる光景は日本
「死者が復活しないのなら、キリストも復活しなかったはずです。そして、キリストが復活しなかったのなら、あなたがたの信仰はむなしく、あなたがたは今もなお罪の中にあることになります。」(Iコリ15:16-17)イースターの朝を向かえた。今日はどこの教会で
[サティの詩 4]♪お供の一行が到着した呼び出しだ起きなさい古い帽子で作られたギター犬がその婚約者と踊っている♪[私的コメント 5]ハートが外に飛び出して心うきうき、もう朝だわ、戻らなくちゃ。なんせ今日は結婚の当日。飲み過ぎて外泊するのも最後。あわ
第1曲、弦楽器とホルンの掛け合いで海の上に繰り出して進む大型客船の船影が実に優雅だ。果てしなく広がる海を臨み、舳先に立って両手を広げ上体を傾げ今にも光輝く天に向かって飛び立ちそうな映画のシーンを髣髴とさせる開放感を感じる。ティンパニの活躍も
原題はソンブレロ。元々は藁で作った帽子らしいが、今では布製の物も少なくない。ソンブレロは「影」から派生したことば。つまり、強い陽射しの中で顔に影ができるほど幅広いつばのある帽子、メキシコ人がラフなスタイルでかぶることで広く知られるようになっ
第1楽章、海に飛び込んで自殺した人の無念の思いが渦巻いているような暗い曲想だ。天国にも昇れず、険しい道を降りて地獄に入る勇気もない。俺はただ風に吹かれてふわふわと浮いているだけの流浪の霊なのだろうか。こんな宿無しの生活が永遠に続くのは耐え切
第1曲「アクセントのために」、猪突猛進と言う感じで突き進む制御不能の車を連想した。テンポは同じで加速はしていないので、ハンドル捌きに余裕があれば切り抜けられるだろう。冒頭から終わりまでシンコペーションで上下運動を繰り返している。拍子の感覚が
第1楽章、オーボエとファゴットが田舎の情景を俯瞰する。ここには昔気質の頑固爺さんもいそうだが、隣近所に目を配って助け合う人情も残っているようだ。自然が人の心を大らかにするのだろう。近くには川もあるようで、土手を駆け下りて水辺で数時間過ごすだ
とても幻想的な歌だ。遠い国へ行って世間の干渉に関わらず自由に生きる夢が音楽の中に浮き上がって見えて来る。この逃避行のようなふたりの関係はどんな物なのだろうかと余計なことを考えると同時に、マーラーの「大地の歌」となぜか印象が重なった。旋律の自
「私があなたがたに命じることばに、つけ加えてはならない。また、減らしてはならない。私があなたがたに命じる、あなたがたの神、主の命令を、守らなければならない。」(申命4:2)聖書を無理なく読み通すのにだいたい1年かかる。僕自身の記録では速読で3ヶ
僕がシャンソンに興味を持つ切っ掛けにもなった歌のひとつ。友だちが好きで良く聞いていた影響が強い。愛情はお互いにかばい合う気持がないと壊れる。愛の情熱だけでは現実に直面した時に案外脆いものだ。何度も「行かないでくれ」を連発して未練がましいかも
[サティの詩 3]♪道化役者が軍人の魅力ある特質を述べているあそこでは強烈に意地が悪くなる一般人を怖がらせることも平気でするそれから果敢な冒険の数々その他に何があるってとにかく素晴らしい職業なのだ♪[私的コメント 4]ずいぶん楽しげな雰囲気の喜劇だ
3本のクラリネットの伴奏による子守唄。子守歌と言う割には優しさも、暖かさも感じない。まるで墓場の影に骸となって転がっている猫を憐れんだ追悼歌のように陰気だ。ストラヴィンスキーらしいとも言える音遣いではあるが、枕元でこれを聞かされる子は欝にな
これもナンセンス詩の一種なのだろうか。一般的にマックス・ジャコブはフランスにおける現代詩の先駆者と言われている。ブルターニュのユダヤ人家庭に生まれた故にナチスにユダヤ人狩りに遭い1944年4月5日、ポーランド移送用の仮収容所内において67歳で死去し