重苦しい感じの弦楽合奏で幕を開ける。まさに傷心のリア王が嵐の中荒れ果てた地をさまよう姿を映すようだ。ずぶ濡れで髪を振り乱した姿は恐ろしいと同時に哀れでもある。音楽は次第に過去の思い出に浸るような甘さ帯びる。オーボエの旋律にはどれほど末娘を愛していたかを回想しているような優しさが溢れている。ティンパニーを伴って場面は一転する。目の前の惨状も嵐もすべて自分で選んだような後悔の念が渦巻く。一旦音楽は鳴り止み、弦楽合奏の急速なフレーズが展開する。オーボエがリードするようになると音楽は夢心地になるが陰謀や計略の矢が夢を破るように割り込んでくる。リア王の心はもはや現実を直視できずに狂気の世界で激しい痛みに襲われ嘆き悲しむように激高する。リア王は引退し領地と統治権を3人の娘のうちの一人に与えようと決める。自分をもっとも愛する者と言うのが条件で、上のふたりは自分がどれほど父を愛しているか甘言をまくし立てるが、王が一番期待していた末の娘は控え目な性格が災いして父親への愛情を上手く表現できず、失望した王は末娘をフランス王の下へ追いやるように嫁がせてしまう。レア王は退位し上のふたりの娘のところに身を寄せるが次第に疎まれ始め、末娘の愛に気付く。己のあさはかな選択に後悔し、ついには荒野にさまよい出て気がふれ、絶望の中で死を迎える。この曲が重要なのはシェクスピアの故ではない。ローマでの生活に見切りをつけて国に戻る旅の途中で知った恋人の裏切りを知ったベルリオーズの苦悩がリア王の狂気のさまと重なって描かれているとされるからだ。ベルリオーズは直情型の人物だったのだろう。それが後の音楽にも反映している。ベルリオーズは旋律を使いまわすことでも有名で、この序曲にそれはないが、後年のベルリオーズを髣髴とさせるような節回しを聞き取ることができる。《Hector Berlioz(1803.12.11 – 1869.3.8):Le Roi Lear Overture, op.4》
ログインしてコメントを確認・投稿する