冒頭から透明感のある静謐な音楽が夜空を駆けて行く。穏やかに瞬いている星々を包み込む子守唄のような優しさを感じる。星空と海の神秘は似ているかもしれない。どこを見ても同じようでいてひとつとして同じ所がなく絶え間なく動いている。音楽も特定の旋律や形もなく絶え間なく動いている。多くの人は響きがきれいなだけの駄作とみなすかも知れない。天空を想起させる音楽としてはホルストの方が遥かに優れているが、分からないものを分からないままに描いた無限の空間の神秘な佇まいはこの曲の方が神話や占星術に背景を求めずに現実的だろう。オーケストラはどんどん高まり頂点を築く。分厚い音塊がぶつかり合う凄まじさは宇宙のエネルギーを可聴範囲の音に置き換えたものかもしれない。終結部でホルンのロングトーンが思いを無限のかなたへと繋いで静かに曲を閉じる。ケクランは子供のころから星の世界に憧れを持っていたようだ。この曲はカミーユ・フラマリオンという天文学者の多数の著書のひとつ「大衆天文学」を読んだケクランの心象の音楽化と言われる。1923年に作曲、10年後に改定しているのでそれだけ思い入れも深かったのだろう。しかし初演は1989年だそうだ。決して少なくないケクランの作品の不遇さが窺える。尚、日本語のタイトルは定まっていないようで異なった表記がいくつかある。《Charles Koechlin(1867.11.27 – 1950.12.31): Vers la voûte étoilée, op.129》
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