歌詞の中に高い塔ということばは出てこない。「もっと素晴らしい楽しみ」と訳した箇所が原語ではかなり近い表現となっているので、タイトルを意訳して「至上の喜びの歌」とすればすっきりする。それにしても力強い祈りだ。
ランボーの詩はシュールすぎて、文脈うんぬんよりは感覚で掴むしかない。ある人が詩の翻訳は翻訳ではなく創作だと言ったが、それは本当だ。小説なども同様だが、機械的に訳すのは不可能でどうしても解釈が必要不可欠なため十人十訳になる。特に詩は文法どおりにことばを並べていない場合が多く、前のことばや文章がどこに繋がるかは悩みどころだ。
さて、タイトルに戻る。高い塔とは天にまで達する塔なのだろう。だから忘却の彼方に存在する草原も天国を指しているようでもある。しかしそこはあまり楽しくはなさそうだ。
ランボーはかなり好き勝手に生きてきた早熟の天才。文筆活動は20代前半でやめている。ヴェルレーヌとの愛人関係が破局を迎えた後、放浪の旅に出て各地で職を転々としながら生活をしていたが、癌のために帰国、マルセイユで亡くなった。世界が認めるような才能ある人は突飛な行動を取り早死にする傾向が強いようだ。今日はランボーの命日、享年37歳。天国はランボーにとってあまり居心地が良くないかもしれない。《Léo Ferré:Chanson de la plus haute tour》
*どんな事にもなびいて
溺れていた青春
甘言に踊らされるばかりで
僕の人生は空しかった
心をひとつにして燃え上がる
そんな日が来れば良い
僕はつぶやいた、ほっとけ
誰もお前なんか見ちゃいない
もっと素晴らしい楽しみが
約束されていなくても
栄誉ある退却から
お前を止めるものはない
すっかり忘れるほど
僕はひたすら耐え続けた
恐れと苦しみは
空に向かって消え去った
不健全な願望に渇きが
僕の血管を黒ずませる
こうして忘却の彼方に
草原が備えられている
そこでは乳香や毒麦と共に
草が育ち、花を咲かせる
無数の薄汚い蝿が群がり
野生的な羽音を唸らせている
伴侶を失った無数のやもめの
あまりにも哀れな魂は
聖母の姿だけを
心に留めて
ひたすら処女マリアに
祈るのだろうか
*(*)
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