第1楽章、序奏を置くことなくいきなりタンゴの強烈なリズムに晒されて体の芯が律動しているのを感じる。ピアソラのタンゴは踊るために配慮されてなく、あくまで器楽曲としてノスタルジーに浸れるように書かれている。故に正当なタンゴではないという意見が多い。しかしタンゴを踊る習慣のない日本人にはこれが一番しっくりし、踊れもしないのに体を動かす快感を味わえるありがたい曲なのだ。中間部でバンドネオンのソロをたっぷり聴ける。絶望の淵で立ち止まり新しい人生を夢見るような悲哀感と新たな決意も日本人の気持ちに融和する。初めの主題に戻り炸裂音の中で喜びに体を弾ませて未練を残さずに曲を閉じる。第2楽章、夕闇に沈む街の情景。昼間の喧騒が嘘みたいに消えて、日本でいえば100年前くらいならありそうな、薄汚れていながらなぜか親しみを感じるほの暗い街灯に照らされたすさみ具合がなかなか良い。一旦バンドネオンが鳴り止むとヴァイオリンとハープの二重奏が始まる。まるで天使が現れたみたいだ。母のぬくもりのような暖かい気分に浸るブエノスアイレスと思いきやすぐに痛みを伴う情景が広がる。過去の事と割り切れない開拓期の苦労話しが堆積しているのだろう。第3楽章、楽器の特性上なのかバンドネオンはレガートが苦手なようで、一音一音アクセントが付いたように途切れる。それがここではうまく処理され、燃える情熱と隠された悲哀の転換に生かされ現代音楽の妙味を発揮している。成り行きにスリルさえ感じる。中間部でピチカートに支えられてバンドネオンによる洒脱な音楽が奏され、打楽器を伴う喧騒の中に胸を張って進む後姿を残して消える。タイトルにもなっているアコンカグアはアンデス山脈にある標高7千メートルに近い山の名前だが、音楽との関連はないような気がする。この曲に山の情景は片鱗も覗えない。《Astor Piazzolla(1921.3.11 – 1992.7.4):Aconcagua, Bandoneón concerto》
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