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2015年12月06日08:33

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新しく生まれる

「まことに、まことに、あなたに告げます。人は、水と御霊によって生まれなければ、神の国にはいることができません。肉によって生まれた者は肉です。御霊によって生まれた者は霊です。あなたがたは新しく生まれなければならない、とわたしが言ったことを不思議に思ってはなりません。風はその思いのままに吹き、あなたはその音を聞くが、それがどこから来てどこへ行くかを知らない。御霊によって生まれる者もみな、そのとおりです。」(ヨハネ 3-5-8)あの時に戻れたら人生をやり直し、今の状況をもっと良くできるのではないかと願う人は意外に多い。僕もあの時こうしていたらと後悔するような場面はいっぱいあるが、もう一度やり直したいとは思わない。辛い体験を二度も繰り返したくない。良いことずくめの人生はない。人間には痛い思いをして始めて悟ることがたくさんある。親の言うことに100%従う子供がいるだろうか。親は子供に良かれと思って発言しているのにそれが分からない。失敗して始めてあの時言われたことを改めていれば良かったということになる。聖書の教えにしてもそんなことは無理と跳ね除けていたことで躓く。本論はここではない。ユダヤ人の指導者的な立場の人が「新しく生まれなければ神の国に入れない」と聞き、こんな老人が一度母の胎に戻るなんてできるわけはないと考えた。ここで言われる新しく生まれるとは新生児、幼年期の体験から繰り返すことではない。霊的に新しくされることだ。冒頭の聖句の「水」は命の糧、聖書のことばを意味する。なので人生をやり直す必要はない。ある時点からキリストに生きる体験を始めるということだ。理解できてもできなくても「神がこれしか救いの道はない」と考えた方法を否定する力は人にはない。新しく生まれる方法は人の努力や力ではない。葉っぱは自分の力で揺れ動いて音を立てるわけではない。その力は風にある。人が生まれ変わるのも同様に聖霊の力による。それがいつなのかは神のみが知っている。人の力では変えられない。だからその時が早く来るように祈り、その時にはさからうのをやめる事が肝心だ。これを洗礼のことだと照らし合わせる人も多い。聖書にそう書いてあるわけではないので確かではないが、そう考えて不都合なことは何もない。神にあってもう一度生まれることの最大の意味がもうひとつある。肉において実父と実母がいるが霊的には神の実子となることだ。実子とは何か、できの悪い子ほど目に入れても痛くないという真情を神が持つということだ。実子の強みは反抗しても、何年も会わなくても、親子の縁は切りようがないと言うことでもある。何があっても神はその人生の歩みを守り導き、責任を負う。拒絶されても決して見離されていないイスラエルの民への思いと同じ思いを信じる人に注いでくださる。だから信じて、最善をなしてくださる神に求めよう。子が親に求めるのは当然の権利なのだから。




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