物々しい雰囲気で開始し、銅鑼が鳴らされるとすぐに男性合唱が登場する。僧侶の祈りで神の御前にひざまずき天を仰いで熱を込めて讃えている姿が見える。とても穏やかで美しい音楽だが中国風とは言い難い。あくまでケテルビーの想像が生み出した異教の寺院の雰囲気の範囲にとどまっている。続いての場面は香の立ち昇る寺院内や庭の景観を管弦楽だけで表しているようだ。突然騒然とした市井の様子が見えて来る。「泥棒!」「おまわりさん!」のような叫び声まで入る。銅鑼が鳴り寺院内へと視点が戻される。銅鑼は聖域への入り口を表しているのかもしれない。鳥が鳴いているような静かな庭を眺め渡した所で再び民衆の喧騒にもまれて音楽を閉じる。「にて」4部作と僕が勝手に命名している作品の中で規模と迫力の点では一番大きい作品だ。「にて」とは英語のタイトルがInで始まるペルシャ、修道院、エジプト、中国を描いた曲で、修道院に関しては地名が記されてはいないがおそらくイギリスの田舎の情景だろう。もうひとつこの4曲の共通項はすべて合唱が加わっている事だ。おおざっぱではあるが東洋の町の情景を描いた興味深い作品だ。ひとつのシナリオ通りに書かれた分かりやすい音楽であると同時にケテルビーの限界がここまでかと感じさせられた。≪Albert Ketèlbey:In a Chinese temple garden≫
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