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2019年07月18日09:03

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大江健三郎著「大江健三郎全小説10」を読んで



照る日曇る日 第1281回

「治療塔」「治療塔惑星」「二百年の子供」の3作を収録した本巻では、著者独特の文明批評的SF小説の腕の冴えが素晴らしい。

「治療塔」とその続編の「治療塔惑星」はいずれもが女性の語りによって進められる地球の近未来物語だが、角戦争によって汚染された地球を脱出し、新天地で新生活を切り開こうとする一握りのエリート層と、汚れた地球でそれなりの生活を維持しようとする大多数の民草との対比は、現在の地球でもその前期症状が散見されるではないか。

しかしエリートたちの大出発は失敗し、しばらくすると地球に帰還した宇宙船団は、残留民たちに対する支配体制を貫徹しようとして、古くて新しい階級闘争が展開されるのである。
けれども「古い地球」への帰還を拒んで「新しい地球」に残った人びともいた。彼らは「新しい地球」に存在していた「治療塔」を独占して孤独なゲリラ活動を継続している。

そうして新旧2つの地球に分散した2種の人類は、それぞれの環境で懸命に生き延びようとするのだが、物語の視点が近未来から遠未来に向かって伸びれば延びるほど作家の想像力は緻密かつ大胆にはばたき、恐ろしいほどのリアリティを獲得していくのである。

著者のゆいいつの新聞連載小説は、彼の3人の子供を思わせる3人組による幻想的童話で、作家がこれまでに創造してきた小説を舞台に、物語は時空を超えて未踏の新世界に向けて発射される。

3作を通じて言えることは、この作家はおおかたは身近な家族を素材にしながら、そこから射程を全社会、全人類、全宇宙へと拡大し、時空を超えた私小説でもあり全体小説でもあるような、新しい人が活躍する新しい小説を構想し続け、しかも驚いたことには部分的には成功を収めているということであり、それが彼の文学世界の谷崎や三島との決定的な違いであろう。

         丹波焼みたりで頒つ夏の夜 蝶人

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