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2017年12月20日15:59

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「雲は湧き、光あふれて」 須賀しのぶ(集英社オレンジ文庫)

公立高校の野球部を舞台に、約10年ごとのクロニクルが展開される、須賀しのぶ氏の「夏の祈りは」を先般読了し、なかなか面白かったので彼女の著作リストを見ていたら、同様の高校野球モノが何冊か上梓されているのを知った。
発行元が「集英社オレンジ文庫」・・・うーん、ラノベ扱いなのかな?
でもタイトルからして「これぞ高校野球!」という直球だし、今度はどういう選手が出てくるのだろう? と読み始めた。

タイトルを見ただけで「てーんたぁかぁーくー、純白の球・・」と続けて歌いたくなる。
果たして、高校野球がテーマの「ピンチランナー」「甲子園への道」「雲は湧き、光あふれて」3つの短編集である。


「ピンチランナー」
打撃や守備はレギュラーには遠いけど、とにかく俊足であるがゆえに、「代走」専任として試合に出ることになった野球部員・須藤が主人公。
チームメイトの、大型スラッガーでプロも夢ではない、と期待されていた益岡が故障で離脱。
ようやく代打で出られるようになった時、須藤は益岡から、
「オレ専任の代走要員で出てくれ。その代わり、オレは打席で必ず打つ」と告げられる。
レギュラーを奪い合う中、試合に出られることに臆しながらも、ふたりは甲子園出場を手繰り寄せようとする。

「代走」というポジションにまつわる選手の、戸惑いと矜持がよくわかる。
男子高校生の会話も生き生きとして、ああ、こんなふうにしゃべってやりとりしてるんだろうなあこの年ごろの子は、と読みながら思い、須賀さんは野球部のマネージャーとかやってたのかしら? とつい考えてしまった。


「甲子園への道」
泉はスポーツ新聞の新人女性記者。
甲子園は高校野球の選ばれし者たちが行くだけでない。
スポーツ紙の野球担当記者でも、みんなが甲子園取材に行かせてもらえるわけじゃない。
泉は埼玉県の地方予選の取材を命じられるが、強豪校と、弱小の公立高校との試合。
一方的な試合が予想されたのに、前半、公立校の投手は頭脳的ピッチングを繰り広げ、接戦に持ち込む。
結果的にはコールド負けだったが、その投手が気になって、彼の談話を取ろうとする泉。
「まさかうちみたいな高校の取材に来てくれるなんて」と、半分驚きつつ、その投手は泉に、相手の強豪校の注目ピッチャーとの知られざるエピソードを教えてくれた。
他社の記者もつかんでいないネタが獲れた! 泉は勇んで記事を書いたのだが、翌日新聞に載った彼女の文章は、キャップによってほとんど手直しされていた・・

高校野球を「取材する側」から描いた、ちょっと切り口の違う小説。
『記者は公正じゃなきゃいけない。一番伝えなきゃならないのは試合内容で、他のエピソードはそこに付随するものだ。こいつスゴイぞエピソードは漫画でやりゃあいい』というキャップの鋭い指摘が、泉の心に突き刺さる。
高校野球の取材をしながら、泉本人自身も知らぬ間に成長していく。
そういえば朝日新聞の新人記者は、自社開催と言うこともあるが、まず高校野球の地方大会の取材記事を書かされるらしい。


「雲は湧き、光あふれて」
鈴木雄太は昭和9年、静岡の草薙球場で見た、沢村栄治のダイナミックなピッチングをありありと思い出す。アメリカのメジャーリーガーたちから次々と三振を奪い取った沢村は、彼の英雄だった。
沢村にあこがれて、雄太は中等学校野球部に入部、甲子園出場を目指す。
やがて捕手として豪球投手・滝山の球を受けることになったが、どこか気難しい滝山の扱いに悩んでしまう。六大学野球のスカウトが見に来ても滝山は、
「大学野球なんか興味はない。はやく職業野球に入って金を稼ぎたい」と言うだけだった。

だが、時代の暗い影が球児たちにも忍び寄る。
甲子園大会は中止。
あの沢村栄治も召集された。
雄太たちは目標を見失う。学校では軍事教練が始まり、「敵性スポーツ」の野球部員たちは教練担当の中尉から目の敵にされ、滝山は投手生命が危ぶまれるような暴行を受けてしまう・・

昭和24年8月、雄太は中等学校から学制改革で「全国高等学校野球選手権大会」と名称が変わった大会の観戦で、出場をあれほど切望した、甲子園球場にいた。
南方戦線で片足を失った雄太には、ひさびさの遠出だった。
それは直前に、鹿児島から送られてきた小包を、あけたこともきっかけだった。
その中にはグラブが入っていた。送り主は、鹿児島・鹿屋の航空基地で働いていた少年。
滝山はここで特攻隊として配属されていたのだ。
キャッチボールをしていた滝山は、少年にグラブを譲り、「いつかご遺族のもとに届けます」と少年が言うと、
「俺には家族は母親しかいねえし、その母親も東京の空襲で死んでしまった」と答え、
鈴木雄太ってやつに送ってくれ、と少年に言い残していた。

沢村栄治も滝山も戦死した。
雄太はやはり自分と同様、甲子園を目指しながら骨髄炎で足を切断したという青年が作詞した「栄冠は君に輝く」が場内に流れるのを聴いていた・・

戦前の中等学校野球のプレイヤーたちを登場人物にして、戦後のはれがましい甲子園大会と結びつけることにより、その間失ったものの存在がきわだつ。
戦争がなければ、豪球を投げる滝山もプロ野球史に残る選手になっていたろう。
そんな無念さを包み込んで、夏空は輝き、入道雲が湧く。
『かつてここに集い、ここを目指した者たちを、そしてこれからここに集うであろう者たちを繋ぎ、ひとしく贈られる賛歌だった。』(236頁)。
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