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2023年07月29日02:12
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甲斐庄楠音展/東京ステーションギャラリー��
7/25(火),26(水)の上京で最初に訪れたのは東京ステーションギャラリーだった。
甲斐庄楠音(かいのしょうただおと/1894-1978)展を開催中である。
正式タイトル「甲斐荘楠音の全貌」
・会期 7/1〜8/27
京都国立近代美術館で2/11〜4/9の間、開館60周年記念として開催された展覧会の巡回だ。
本展は「甲斐荘楠音」と漢字を充てている点にまずは注意が要る。
これが本名であって、「甲斐庄」は画号として1931(昭和6)年から使い始めたのだが、その後も本人は厳密な使い分けをしていない。
映画関係の仕事には1939(昭和39)年頃から参加しているが、そのクレジットには専ら「甲斐荘」が使用されている。
私は彼の絵を何度も観にいっており、記述も数多いが、どれも「甲斐庄」で通してきた。
本展のタイトルは、上に記した通り「甲斐荘楠音の全貌」で、副題に「絵画、演劇、映画を越境する個性」とある。
様々な仕事をした彼の全貌を紹介する展覧会としては「甲斐荘」が相応しいと主催者は考えたのだろう。
企画の代表者池田祐子(京都国立近代美術館副館長兼学芸課長)は、図録の巻頭レポート『さまざまに越境し混交する個性〜甲斐荘楠音をめぐる現在地』でこう書いている、
・・・本展覧会では、絵画に加えて、数多くの素描、スケッチ(ブック)、スクラップブック、映画衣裳とその関係資料が網羅的に展示される。まさに多岐にわたる甲斐荘の創作活動の「全貌」を紹介する試みであり、それゆえに、画号である「甲斐庄楠音」ではなく、本名である「甲斐荘楠音」の表記を採用している。甲斐荘は伝統と革新、ハイアートと大衆芸術、日本と西洋、男性と女性など、対立的に捉えられるものを敢えて混交し、複数の芸術ジャンルの境界を越えて活動した。・・・
本展の構成は以下の通り。
・序章「描く人」
・第1章「こだわる人」
・第2章「演じる人」
・第3章「越境する人」
・終章「数奇な人」
興味深いテーマと作品について、以下にレポートする。
・序章「描く人」
大正から昭和にかけて活躍した甲斐荘の画業をその代表作によって辿りながら、彼は何をどのように描いてきたのか、そして周囲からどのような画家だと見られてきたかを見直している。本章だけでも、小さな甲斐荘楠音展の内容を備えている。
ハイデルベルク大学のドリス･クロワッサン名誉教授は論文『マドンナからファム･ファタールへ〜日本の国画(*1)におけるジェンダーの役割』(2008)で、3人の画家と作品を挙げ、「ジェンダーの曖昧さ」という特徴において共通し、男性と女性を対立させるのでなく、意図的に両者を混交する事で新しい地平を切り開いたと指摘している。
3人の作品の中に甲斐荘の《島原の女(京の女)》(1920)が入っている。
教授は同作にレオナルド･ダ･ヴィンチの《聖アンナと聖母子》(1508頃)との共通点をいくつか見出した。
《聖アンナと聖母子》
聖アンナ頭部クローズアップ
《島原の女(京の女)》
共通点の１つめは、聖アンナと島原の娼婦の表情の酷似である。無論、偶然ではない、甲斐荘の意図的な仕事に違いない。
日本画改革に向けた甲斐荘の強い意思を感ずる。
２つめは両性具有的性格。
しかし、ダ･ヴィンチ作品の両性具有は聖人に、甲斐荘のそれは娼婦に投影されている点に面白みがある。クロワッサン名誉教授はそれを「破壊的引用」と性格付けしている。
その意味において、甲斐荘は森村泰昌の先駆と見る事ができるとも言っている。
3つめはスフマート技法。
甲斐荘は1908年、14歳の時にダ･ヴィンチの《モナ･リザ》を図書館の画集で観て感銘を受けた。
18歳頃からはミケランジェロも含めて深く傾倒、高価な画集を購入して模写をするなど、30歳頃迄虜になっていた。
甲斐荘はダ･ヴィンチの油彩画からスフマートを学び、自作の日本画に採り入れたのである。
(*1)国画創作協会；
京都で活躍を始めた若手日本画家5人(村上華岳,小野竹喬,土田麦僊他)が、日本画に創造の自由を求め、1918(大正7)年に設立した。
村上華岳が甲斐荘に入会を勧め、その第1回展に《横櫛》(1916)が入選した。
《島原の女》の4年前、《横櫛》に既にスフマート技法の使用が認められる。日本画に革新を求めた国画創作協会の創設趣旨に合致する。
《横櫛》は以下のリンクから図像参。
・2009年5/6「「日本の美術館 名品展」迷った挙句」
https:/
・第1章「こだわる人」
甲斐荘は似たポーズの人物像を繰り返し描いた画家だったが、スケッチ類を調べてみると、類似イメージ間の変化や、その動作に対する執拗な探求心に圧倒される。
甲斐荘は「裸」を「肌香」と書いた。
彼はヌードに、形だけではなく、香りや動き、触感迄も捉えようとしていたらしい。
《籐椅子に凭れる女》(1931)に関連するスケッチ集の1ページに「肌香」という語が書かきこまれ、「はだか」とルビがふられている。
「肌香。匂いが溶けてゆく。流れる匂い。」
図録に掲載された梶岡秀一の小論『肌香を聞く〜甲斐荘楠音、スケッチ群の楽しみ』によると、京都市立絵画専門学校在学時に、彼が描いた《横櫛》を見た先輩がこう言ったそうだ、
「良い画が出来たネ、女のニホヒがプンプンする」。
その時は先輩の評価を素直に受け取れなかったが、のち、この情趣を甲斐荘は「肌香」という言葉に代え、それこそが自分の目指した境地である事に気付いた。
甲斐荘の美学と近いものを持っていた同時代の岸田劉生(1891-1929)は、それを「如実感」、または「デレリとした(中略)深いリアリズム」と言葉を換えて表現した、
「汚いものは汚いままに、愛撫、遊戯、滑稽又は神秘等の感じの下にこれを肯定する」と。
しかし、同じ国画会の土田麦僊は、1926(大正15)年、甲斐荘の《女と風船》を見て「穢い絵」と批判し、第5回国画会展への出品を拒否した。
甲斐荘はこれにショックを受け、のちの画業に大きな影響が出た。これが絵を捨てて映画界へ走った隠された訳だったのかもしれない。
《女と風船》は以下のリンクから図像参。但しモノクロ。
・2010年1/8「島田康寛監修･著『甲斐庄楠音画集〜ロマンチック･エロチスト』」
https:/
1976年、82歳になって甲斐荘はこう言っている、
「穢い絵で、綺麗な絵に勝たねばならん」。
土田麦僊は1936年、とうに死んでいるのだが。
また、
「近頃の只美しいだけの画に考えなおしてほしい事があります。その人達の画室の隅に捨てられ反古にされた中に、かえって生きた画があるのではないか私はそれを惜しむのです」とも言っている。
岸田劉生も、1924年、自身の日記の中で土田麦僊をこう批判している、
「いろいろ画の事など話したがこの人画事はまるで駄目。いい人ながら本当の事は分る力のない人也」。
(続く)
甲斐庄楠音(かいのしょうただおと/1894-1978)展を開催中である。
正式タイトル「甲斐荘楠音の全貌」
・会期 7/1〜8/27
京都国立近代美術館で2/11〜4/9の間、開館60周年記念として開催された展覧会の巡回だ。
本展は「甲斐荘楠音」と漢字を充てている点にまずは注意が要る。
これが本名であって、「甲斐庄」は画号として1931(昭和6)年から使い始めたのだが、その後も本人は厳密な使い分けをしていない。
映画関係の仕事には1939(昭和39)年頃から参加しているが、そのクレジットには専ら「甲斐荘」が使用されている。
私は彼の絵を何度も観にいっており、記述も数多いが、どれも「甲斐庄」で通してきた。
本展のタイトルは、上に記した通り「甲斐荘楠音の全貌」で、副題に「絵画、演劇、映画を越境する個性」とある。
様々な仕事をした彼の全貌を紹介する展覧会としては「甲斐荘」が相応しいと主催者は考えたのだろう。
企画の代表者池田祐子(京都国立近代美術館副館長兼学芸課長)は、図録の巻頭レポート『さまざまに越境し混交する個性〜甲斐荘楠音をめぐる現在地』でこう書いている、
・・・本展覧会では、絵画に加えて、数多くの素描、スケッチ(ブック)、スクラップブック、映画衣裳とその関係資料が網羅的に展示される。まさに多岐にわたる甲斐荘の創作活動の「全貌」を紹介する試みであり、それゆえに、画号である「甲斐庄楠音」ではなく、本名である「甲斐荘楠音」の表記を採用している。甲斐荘は伝統と革新、ハイアートと大衆芸術、日本と西洋、男性と女性など、対立的に捉えられるものを敢えて混交し、複数の芸術ジャンルの境界を越えて活動した。・・・
本展の構成は以下の通り。
・序章「描く人」
・第1章「こだわる人」
・第2章「演じる人」
・第3章「越境する人」
・終章「数奇な人」
興味深いテーマと作品について、以下にレポートする。
・序章「描く人」
大正から昭和にかけて活躍した甲斐荘の画業をその代表作によって辿りながら、彼は何をどのように描いてきたのか、そして周囲からどのような画家だと見られてきたかを見直している。本章だけでも、小さな甲斐荘楠音展の内容を備えている。
ハイデルベルク大学のドリス･クロワッサン名誉教授は論文『マドンナからファム･ファタールへ〜日本の国画(*1)におけるジェンダーの役割』(2008)で、3人の画家と作品を挙げ、「ジェンダーの曖昧さ」という特徴において共通し、男性と女性を対立させるのでなく、意図的に両者を混交する事で新しい地平を切り開いたと指摘している。
3人の作品の中に甲斐荘の《島原の女(京の女)》(1920)が入っている。
教授は同作にレオナルド･ダ･ヴィンチの《聖アンナと聖母子》(1508頃)との共通点をいくつか見出した。
《聖アンナと聖母子》
聖アンナ頭部クローズアップ
《島原の女(京の女)》
共通点の１つめは、聖アンナと島原の娼婦の表情の酷似である。無論、偶然ではない、甲斐荘の意図的な仕事に違いない。
日本画改革に向けた甲斐荘の強い意思を感ずる。
２つめは両性具有的性格。
しかし、ダ･ヴィンチ作品の両性具有は聖人に、甲斐荘のそれは娼婦に投影されている点に面白みがある。クロワッサン名誉教授はそれを「破壊的引用」と性格付けしている。
その意味において、甲斐荘は森村泰昌の先駆と見る事ができるとも言っている。
3つめはスフマート技法。
甲斐荘は1908年、14歳の時にダ･ヴィンチの《モナ･リザ》を図書館の画集で観て感銘を受けた。
18歳頃からはミケランジェロも含めて深く傾倒、高価な画集を購入して模写をするなど、30歳頃迄虜になっていた。
甲斐荘はダ･ヴィンチの油彩画からスフマートを学び、自作の日本画に採り入れたのである。
(*1)国画創作協会；
京都で活躍を始めた若手日本画家5人(村上華岳,小野竹喬,土田麦僊他)が、日本画に創造の自由を求め、1918(大正7)年に設立した。
村上華岳が甲斐荘に入会を勧め、その第1回展に《横櫛》(1916)が入選した。
《島原の女》の4年前、《横櫛》に既にスフマート技法の使用が認められる。日本画に革新を求めた国画創作協会の創設趣旨に合致する。
《横櫛》は以下のリンクから図像参。
・2009年5/6「「日本の美術館 名品展」迷った挙句」
https:/
・第1章「こだわる人」
甲斐荘は似たポーズの人物像を繰り返し描いた画家だったが、スケッチ類を調べてみると、類似イメージ間の変化や、その動作に対する執拗な探求心に圧倒される。
甲斐荘は「裸」を「肌香」と書いた。
彼はヌードに、形だけではなく、香りや動き、触感迄も捉えようとしていたらしい。
《籐椅子に凭れる女》(1931)に関連するスケッチ集の1ページに「肌香」という語が書かきこまれ、「はだか」とルビがふられている。
「肌香。匂いが溶けてゆく。流れる匂い。」
図録に掲載された梶岡秀一の小論『肌香を聞く〜甲斐荘楠音、スケッチ群の楽しみ』によると、京都市立絵画専門学校在学時に、彼が描いた《横櫛》を見た先輩がこう言ったそうだ、
「良い画が出来たネ、女のニホヒがプンプンする」。
その時は先輩の評価を素直に受け取れなかったが、のち、この情趣を甲斐荘は「肌香」という言葉に代え、それこそが自分の目指した境地である事に気付いた。
甲斐荘の美学と近いものを持っていた同時代の岸田劉生(1891-1929)は、それを「如実感」、または「デレリとした(中略)深いリアリズム」と言葉を換えて表現した、
「汚いものは汚いままに、愛撫、遊戯、滑稽又は神秘等の感じの下にこれを肯定する」と。
しかし、同じ国画会の土田麦僊は、1926(大正15)年、甲斐荘の《女と風船》を見て「穢い絵」と批判し、第5回国画会展への出品を拒否した。
甲斐荘はこれにショックを受け、のちの画業に大きな影響が出た。これが絵を捨てて映画界へ走った隠された訳だったのかもしれない。
《女と風船》は以下のリンクから図像参。但しモノクロ。
・2010年1/8「島田康寛監修･著『甲斐庄楠音画集〜ロマンチック･エロチスト』」
https:/
1976年、82歳になって甲斐荘はこう言っている、
「穢い絵で、綺麗な絵に勝たねばならん」。
土田麦僊は1936年、とうに死んでいるのだが。
また、
「近頃の只美しいだけの画に考えなおしてほしい事があります。その人達の画室の隅に捨てられ反古にされた中に、かえって生きた画があるのではないか私はそれを惜しむのです」とも言っている。
岸田劉生も、1924年、自身の日記の中で土田麦僊をこう批判している、
「いろいろ画の事など話したがこの人画事はまるで駄目。いい人ながら本当の事は分る力のない人也」。
(続く)
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