冒頭からずいぶん上品な音楽なのでびっくりした。ウィーンの子供はこんなにしとやかな日常を過ごしているのかと思ったからだ。まるでいいとこのお坊ちゃま風ではないか。タイトルを眺めまわしているうちに、なるほど、ウィーンに生まれ育った人たちで、必ずし
様々な宝石が輝いている草原へ分け入り前進しよう。そこは薔薇の香りに満ちたところ。作法に従い形式を整えれば、調和するリズムに導かれて至福の時を過ごせる。譜面の冒頭にそう記されている。これは紀元前4世紀に活躍した古代ギリシャの詩人アリストパネス
こんこんと湧き水が噴出すような雰囲気で始まる。水は勢い良く流れ畑を潤す。水はきらめき、農作物は一層つややかさを増し加えて、生気を漲らせている。中間部は楽しい昼食の様子だろうか。爽やかな三連音符に風を感じる。作業は辛くても、野外の食事は格別だ
[サティの詩 10]♪紙ふぶきがひらひらと舞い落ちる影のある表情をした仮面をつけた青年がいる酔っ払ったピエロが面白いことをしているドミノマスクで顔の上半分を隠した人たちがやって来るそれをひと目見ようと押し合いへしあい美人もだいなしだ♪[私的コメン
ボッサのリズムに乗せて、ちょっと人生を振り返ってみた歌。南米フランス領ギアナに生まれパリで歌い続けた男。90年に及ぶ生涯で最後まで心に残る思い出は故郷にあったようだ。パリに比べれば、今でも見離されたような片田舎、それでも忘れても尚心が休まる所
1941年夏、朝の点呼で囚人たちは整列させられ、長い間その姿勢を崩すことは許されなかった。少しでも列を乱す者はたちまち看視兵によって殴る、蹴るなどの暴行を受けた。やがて外へ連れ出され、炎天下の中食事はもちろん、水さえも与えられずに長い時間が過ぎ
第1楽章「アルマンド」、即興的な雰囲気を漂わす序奏に続いて主部に入るが、まさにバッハの香りに充満させられる。濃厚な和音の息遣いも装飾音符の節回しも古典への回帰を成し遂げている。芳醇なコーヒーを片手に音色と形式の絶妙なバランスを味わえたら、そ
「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」(ローマ 10:17)信仰とは宗教で使われる言葉で、実体もなく、確信もないのにありがたく頂戴して従うように強要されるものと考えている人が多い。実は信仰という言葉は使
第1曲「悔恨」、懺悔の祈りを表わしているようだ。ユダヤ人にとって最も大切なことだ。ここで神の赦しを貰えないと重荷を自分ひとりで背負ったまま次の一年間を過ごさなければならないからだ。嘆きの壁で涙を流して祈る姿を見て大げさにと思う人もいるだろう
日本ではパリ祭や革命記念日とも呼ばれるが、フランスでは7月14日の祝祭としか呼ばれていないのはなぜか。革命の始まりの日であって、無事に完了した日ではないことと、建国記念日を兼ねていることもあって、あえて名称は付けていないのだろう。しかし大規模
長い序奏にユダヤ人のうめきが表出されている。祖国を失い離散したユダヤ人に共通する苦しみだろう。この理不尽な心の痛みを表わす手段として十二音の非音楽的な音の配列がとても効果をもたらしている。この曲はシェーンベルクがパリに亡命し、さらにロサンジ
穏やかな日差しが野山を照らし踊っている。新緑が精気に輝いている。何と心が和む情景だろう。フルートが風を送り出す。風はゆっくりと上昇して森林浴を楽しみながら広がって行く。薄い影も見えるが、それが曲の美しさ強調する効果になっている。さり気なく通
ミュージカルのナンバーとして書かれた歌。大ヒットして、その後独立した歌として多くの歌手に歌い継がれている。内容からすると、理想の男性を思い描く女性の気持を描いていると見た方がぴったりするので、歌手も女性がふさわしい。聖書の中のたとえ話がこの
[サティの詩 9]♪海は広いですね、奥さんとにかくそれはもうかなり深いし海の底には座らないでくださいね。とってもじめじめしていますから。ご覧なさい、年老いて尚元気な波がやって来ます一群の波は内側に水を溜め込んでいるようですずぶ濡れになられたで
一日の始まりを教会の鐘が知らせる。すると家々では朝の祈りを捧げ、朝食を済ませる。町は目覚め、急速に活気付く。導入部でそんな雰囲気を漂わせている。この神秘的な響きが広がり、ホルンがコラール風の旋律を奏で始めるのを聴くと虚無の中から天地が創造さ
「そして人々に言われた。「どんな貪欲にも注意して、よく警戒しなさい。なぜなら、いくら豊かな人でも、その人のいのちは財産にあるのではないからです。」(ルカ12:15)清貧と言うことばがある。修道士の生き方を表わすような言葉だと思えるが、神は貧しく
第1楽章、なめらかに作動する機械。淀みなく流れて気持が良い。後半で拍子が変わり変調をきたすが、叩いたり、あやしたりすればまだまだ暫くの間は使えそうだ。第2楽章、一見順調に動いているようではあるが、危なっかしげな作動音が混じる。僅か7小節、機械
シャガールの絵を名解釈している歌を見つけた。じっと見ていてもパッと分からないシャガールの絵から状況を構成した詩も超自然的な趣があり面白い。1887年7月7日、旧ロシア、現在のベラルーシに誕生したシャガールの生誕130年を祝して。アーモンドの匂いの画
心の傷が痛みを感じるような始まりだ。降りしきる雨を前にして途方にくれる人。びしょ濡れになりながら元気に走り抜けて行く人。雨は屋根を打ち、窓を叩き、傘の上で跳ねながら街路に波紋を広げ、運河へ滑り落ちて行く。雨の攻撃は時に鋭く、時に執拗で、時に
第1曲「彩り豊かな海の歌と香」、夜明け直前のような雰囲気が漂う海。海は眠らずにいつも胎内に宿る生命を愛おしそうに見守っている。海鳥も飛んでいるようだが、太陽が上に昇らないうちは声高く歌う気にもならないようだ。第2曲「断崖上のロンド」、海に乗り
懐メロとは言わないが、シャンソンとしてすっかり定着した古い歌。気取らない普通の女の子の仕事を楽しみながら、素敵な男性との出会いを夢見ている様子が軽妙に描かれている。元々はフランス映画の挿入歌だったようだ。パリのお嬢さんは、名前も知らない特定
冒頭からのどかに明るい主題が弾む。こんなに天気も良いし、屋内に閉じこもっているのはもったいないから一緒に出かけましょうよ、という雰囲気だろうか。小さな事でも喜べれば心は浮き立ち、百倍にも膨らんで踊りだしたくなる。森へ続く小道に分け入れば、日
1898年に舞台で発表された古いシャンソン。その後、幾人もの歌手に歌い継がれ、映画の挿入歌としても用いられ、フランスでは良く知られた歌のひとつ。初めて聴いても懐かしい気持ちになれる20世紀初頭の味わいを堪能できる。原題はFrou-frou、これは衣擦れの
「おおよそこの川の流れる所では、もろもろの動く生き物が皆生き、また、はなはだ多くの魚がいる。これはその水がはいると、海の水を清くするためである。この川の流れる所では、すべてのものが生きている。」(エゼキエル47:9)この水はエルサレムの神殿の小
ショショットを直訳すると気どりやさんにになるが、ここでは固有名詞として扱った。パリにある有名なストリップ劇場の看板名でもある。と考えると、交渉しなければならないパパも父親ではないだろう。どんな素性の女でも幸せを掴む権利はある。男の方は少しぬ
第1曲「道、ギター弾きと老いぼれ馬」、彼はぶらっと散歩に出るような気分で郊外へ向かう道を進む。気分も晴れやかで足どりも軽い。すると誰かがギターを奏でているのが聞こえて来る。親しみのある穏やかな曲だ。路上の流しの正体はみすぼらしい年配の男。連
バレエとはなっているが、発想は砂の上で足を滑らせるタップダンスから来ているようだ。楽器以外の音を多く取り入れたアンダーソンのユーモアをここでも感じる。ほぼ曲の全編に渡ってサンドペーパーが擦り合わされている。海水浴に来た子供が、砂をキュッキュ
あの人がこんなだったらいいのにって愚痴るでもなく言っている人は割りと多い。この歌はラヴソングだけど、素敵とか愛しているって言葉はひとつも出てこない。むしろ、他人から見るともう少し真面目に恋愛ごっこしなよと助言したくなる。それでもほのぼのと感
第1曲「夜想曲」、潮騒を聞きながら、真っ暗な空にぽっかり空いた空間を見つめる。あそこに僕の夢が詰まっているんだ。ふたりで取りに行こうよ。甘いささやきが風に掻き消される。それでも幸せな気持は少しも変らない。丸い穴にはいつの間にか黄色い蓋が被さ
すれ違う男と女の気持が力強く歌われている。お互いに求め合う気持があっても、人生を共にするのが難しいと感じることがある。お互いに譲歩する部分がなければ、いつか破綻するのは見えている。ガルーは1972年6月26日に生まれた、ケベック出身の歌手。ミュー