mixiユーザー(id:5348548)

2017年12月07日11:08

970 view

「ウェルカム・ホーム」鷺沢萠(新潮文庫)

バツイチの毅は、学生時代の友人で、妻を病気で亡くして小学生の憲弘と暮らす英弘の家に同居。激務の英弘に代わって、料理が得意な毅が主婦代わりをし、憲弘もすっかりなついている。
しかし「僕にはパパがふたりいます・・」という憲弘の作文を読んだ毅は、
「俺たちホモだと間違われる!・・いや、俺は同性愛者を差別してるワケじゃないんだが・・」とチマチマと悩み、そんな器の小さい自分が情けない。

証券会社でバリキャリとして働く律子。
しかし彼女は二度も結婚に失敗していた。
最初の結婚では流産、のちに夫の浮気で別れ、二度目は幼い女の子のいる男性。
しかし実の母娘のように暮らせた日々は、多忙な仕事の中でも律子の幸福だった。
だが夫の借金が原因でまたもや結婚生活は破綻、同時期に、娘もグレてしまう。
彼女は律子の実家にはついてこなかった。

数年後、律子の前に現れた見知らぬ青年。
それは会えないままになっていた娘の、恋人だった。
娘と再会した律子は、根底で自分を慕ってくれていた彼女の思いを改めて知ることに。


血はつながっていなくても、「フツー」の家庭とはちょっと違っていても、だいじょうぶなんだよ。帰りたい家があれば、そこに大好きな人がいればきっと幸せー。
そんな温かい気持ちにさせてくれる2編の小説だ。

さて、いま「鷺沢萠(さぎさわ・めぐむ)」という作家の名前をどれだけの人がご存じだろうか?
芥川賞候補にもなり泉鏡花文学賞を受賞、たくさんの小説・エッセイ作品を残し、いっときは、「国語の教科書に一番多く採用されている作家」だったのだ。
ニュースショーのコメンテーターとしてテレビに出ていた時期もあった。

文学界新人賞を受賞して文壇デビューしたのが上智大生の頃だったから、当時は
「美人女子大生作家」とやたらと騒がれていた。ちょうどバブルの頃である。
だが彼女が書く小説は、そんな浮わついた取り上げられ方とは対照的に、中年の男性が主人公だったり、しみじみと人生の哀歓を感じさせるものが多かった。
のちに、鷺沢氏は、都内でけっこう裕福な生活をしていたものの、父親の事業の失敗で夜逃げ同様に家を出て、下町の都立高校に入学、ファミレスでアルバイトしながら学費を捻出していたのだとわたしは知る。
若いのに、どこか達観したような、落ち着き払ったような小説世界はそこから来ていたのかもしれない、と思った。

鷺沢氏は小説の取材をする中で、まったく知らなかった衝撃的な事実を知る。
亡くなった父の母親は韓国人だったのだ。
自分にコリアンの血が流れているー。
それが契機となり、彼女は韓国に留学し、在日コリアンの若者の苦悩をテーマにした小説を書き、在日コリアンの老人たちの識字学級の運営にもかかわった。

だが彼女は2004年、都内の自宅で自殺。
原因はわかっていない。
ネット上の日記には、少し前から体調を崩していた旨の記載があった。
鷺沢氏と親しかった作家が「仕事で煮詰まっていた時に、体の具合も悪くて、ふっ、と何かの拍子にあちら側へひきこまれたんじゃないか」と語っていた。
当時、愛読者だったわたしも大ショックだったことを覚えている。

彼女の死から、もう13年がたった。
今回、「ウェルカム・ホーム」が新潮文庫から復刊されたので購入してなつかしく読んだ。
ところが、文庫本のカバーの左の折り返しには、その出版社から出ている同じ著者の、他の作品が掲載されているのだが、そこが真っ白になっているのだ。

「え? どういうこと? 鷺沢さんの小説って、新潮文庫から何冊も文庫が出てたはずなんだけど・・!」

要するに、今回「ウェルカム・ホーム」が復刊されるまで、彼女の文庫はすべて絶版になっていた、ということなのだ。

出版業界は新陳代謝が激しい。山のような新刊本が出される陰で、どんどん絶版になる本も増大する。書店の棚のスペースは限られているからなおさらだ。
書籍の購入者はどうしても新しく出た本に飛びつくから、出版社は新刊本を出し続けざるを得ない。

しかし、そのあおりで「良書」「名著」と呼ばれる本が消えていく現実がある。
数年前にも書店員さんの「復刊してほしい文庫本」という特集記事をネットで読んだのだが、そのひとりがまさに、鷺沢さんの著作「君はこの国を好きか」を挙げていらっしゃった。「こんないい本が消えていくなんて残念でしょうがない。どうか多くの人が読めるようにしてほしい」と切実な思いが伝わってきた。

特に物故者の作家は「新作」が出せない以上、絶版になってしまうことが必然的に多いのだそうだ。
吉行淳之介、遠藤周作、といった「文壇の大家」でさえ、絶版になってしまった文庫が数あるという。
死してもなお、著作が文庫に収録され続けているのは、もはや漱石や太宰の「歴史上の文豪」クラスだ。

とはいえ、愛読者だったわたしにしても、鷺沢萠氏の作品が、手軽に読める文庫本から姿を消しているという現実は忍びない。
ほかの作品もこの機会に復刊を望みます。
3 6

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2017年12月>
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
31