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2024年05月13日11:49

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中勘助文学記念館①

安倍川の支流藁科(わらしな)川、その合流地点の上流北側に新間(しんま)という地区がある。
河川域はまだ広々としているが、川の両側には山が迫っている。静岡市は平野部が狭い。
現在は静岡市葵区新間という住所だが、その昔は安倍郡服織(はとり)村の一地区だった。1955(昭和30)年に静岡市に編入され服織村はなくなった。

その新間の山裾に中勘助(1885-1965)の文学記念館がある。
5/11(土)、高校時代の1年先輩のOさんに誘われ、2年後輩のKさんと私の3人で同館を訪れた。
好天に恵まれ、陽射しは夏のそれに近い程。
私の実家からだと、車で西へ15分強、5kmちょっとの距離だ。

私は中勘助の作品をひとつも読んでいなかったのだが、誘われてほんの少しだけ下勉強をし、魅力を感じた。
勘助は1885(明治18)年東京神田に生まれ、第一高等学校と東京帝国大学では英国留学から戻ったばかりの夏目漱石に学んだ。
写真は1902～05年、勘助18～21歳(数え)、第一高等学校時代のもの。
　　　　　

1912(明治45)年、28歳で書いた自伝的小説『銀の匙』は漱石に認められ、推薦により東京朝日新聞1913年4/8～6/4に連載、代表作となった。

まずは何故ここに勘助の記念館があるか、素朴な疑問に答えておかなければならない。

生まれつき体が弱く、太平洋戦争中の1943(昭和18)年59歳の時、妻和の親類を頼り、服織村新間に転地療養のためやってきた。
戦局が悪化する中、1945(昭和20)年には、東京から妻の母と姉妹を迎え疎開生活を送る事となり、手狭な新間の家から近くの服織村羽鳥に引っ越した。
勘助はこの地と周囲の人々との交わりを愛し、新間の借家を「杓子庵(しゃくしあん)」、羽鳥の家を「牛鳴庵(ぎゅうめいあんまたはうしなきあん)」と呼んで愛着を示した。俳句の号を「杓子」ともした。
東京の実家は戦災で焼失、服織村に永住する事も考えたが、結局は終戦後1948(昭和23)年、64歳で妻の生家、東京中野に移った。

この間、地元の人達に物資で助けられ、勘助を師と慕う実業家の稲盛道三郎(1923-2009)(*)等から経済面でも支援を受け、小説や随筆、短歌や俳句を多数執筆した。
　(*)勘助より38歳年下。
1947(昭和22)年には、乞われて服織中学校の校歌も作詞した。この歌は今も歌い継がれているそうだ。
静岡にいたのはあしかけ6年のみだが、帰京後も服織村の人々との交流は続き、勘助もしばしば訪れた。
稲盛はのち中勘助全集(全17巻/岩波書店)の編纂委員も務めた。

勘助没後30年/生誕110年の1995(平成7)年には、旧杓子庵と隣接する主屋を整備し、静岡市の文学記念館としてオープンされた。
その前年より数度に亘り勘助の遺族から多数遺品の寄贈を受け、稲盛が所有していた関係資料も合わせ、記念館は次第に充実した。

入館は無料。
入るとすぐ係員のWさんが迎えてくれ、他に客がいなかった事もあり、勘助に対する情愛に満ちた詳しい解説を頂く事ができた。大変好運だった。
撮影した写真からいくつかピックアップする。

主屋玄関、記念館入り口。

和室の床の間。そのクローズアップ。

編み竹に1閑張りを施した盆(作小林比佐慧)には、以下のようにある。

「路傍の裸木に木の実かれさがり
　刈田のはさに鳥だまつて尾をふる
　やなぎの葉おちて堤さびしく
　藁科川水ほそりて瀬瀬の音かすかなり
　落日を眺めつつ六十年の行路を思ふ
　あだかも吹きすぐる一陣の風のごとし
　まことに風のごとし
　また風のごとし」

これは勘助の随筆『樟ケ谷昭和一八年一二月一五日』中の詩、杓子庵で暮らし始めた頃作られた。
冬の景と人生が重ねられている。
当時のここの住所は、正確には安倍郡服織村新間字樟ヶ谷(くすがや)と言った。
本詩は勘助の記念碑にも使われており、1964(昭和39)年当初、石碑は服織村羽鳥の借家前にあったが、2015(平成27)年、没後50年/生誕130年、記念館オープン20周年のおりに、本館の敷地入り口傍に移設され、客を迎える。

主屋奥の資料展示室。

これは自伝的小説『銀の匙』のモチーフとなった実物。
主人公「私」が本箱の抽匣の中から見つけ、伯母の愛情に恵まれた幼少期の生活を回想するところから小説は始まる。
体の弱かった主人公は伯母からこの匙で薬を口に入れてもらったとある。
全長8cm程。墨書は妻和によると伝えられる。

展示物の中で勘助が履いていた下駄の大きさには驚かされた。
Wさんによると、体が弱かったにも関わらず彼は身長が180cmもあった由。写真によると大変な男前でもあり、明治の時代にはさぞかし目立った事だろう。

主屋を出て、茅葺の美しい杓子庵へ。

6畳ひと間に納屋が付いているだけの小さな家だ。ここに勘助と妻和の2人が住んだ。
来館者は上がる事はできないので、戸口から中を見るのみ。
当時も今も、季節となれば、下の畑に、庵の名となった杓子菜がいっぱいに咲くそうだ。
シャクシナはアブラナ科の野菜、チンゲンサイの仲間で大型の葉を食べ、春には黄色の花を咲かせる由。
Wさんは庭や畑の世話もするとの事だった。

(続く)
　

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