映画「PERFECT DAYS」

平山（役所広司）は、渋谷区の公共トイレの清掃員の仕事をしている。
東京スカイツリーがそばに見える、年代モノの古びた風呂なしのアパートに住み、近所の人が早朝掃く、箒の音で目を覚ます。
キチンと布団をたたんで洗顔、口ひげを整え、アパート前の自販機で、缶コーヒー（サントリーボス）を買って飲み、清掃用具一式を積んだ軽バンで出勤。
車内ではカセットテープを聴く。流れるのは「朝日の当たる家」。

首都高を走らせ、担当の公共トイレを、実に丁寧に磨き上げる。
コンビを組んでいる若い男（柄本時生）からは、「平山さん、やりすぎっスよ！」と言われるほどだ。

昼は仕事場近くの神社で、サンドイッチをつまむ。
そしてフィルムカメラで、木漏れ日がゆれる、梢の写真を撮るのだった。
神社にはなぞのホームレス（田中泯）や、OL風の若い女性とよく一緒になった。

仕事を終えると、自転車に乗ってなじみの銭湯へ。
夕飯は浅草駅地下道に通じる飲み屋で。
それが平山の至福の時であるかのようだ。
店のテレビでは巨人対広島戦をやっている（丸選手が画面に大写しになる）。
そして平山のもうひとつの楽しみは、寝る前に文庫本を読むこと。

平山はこういう規則正しい生活を日々送っている。
平凡だが、神社で撮った写真を現像したり、古本屋で文庫本を選んだり、ときには歌のうまい女将（石川さゆり）のいる小料理屋で飲んだり、そんなささやかな楽しみが、彼の生活を彩ってくれていた。

ある日、平山の姪・ニコ（中野有紗）が突然、アパートにやって来る。家出したらしい。
彼女の母親は、平山の妹だが、もう長らく没交渉だ。
ニコは「ママは、おじさんとは住む世界が違う、って言うの」と言う。
だが、平山のトイレ清掃を手伝ったり、いっしょに銭湯に行ったり、ニコは楽しそう。

だが、これもまた唐突にニコの母親（麻生祐未）がやってきた。
高級車に乗り、運転手付き。
平山の住むアパートのボロさを見て嘆息するが、ニコを連れて帰る前には平山と抱擁。

平山がある日、小料理屋に行くと、見知らぬ男と女将が抱き合っていた。
女将に少なからぬ思いを寄せていた平山は動揺。
普段吸わない煙草を買ってきてしまう。
川べりでタバコを喫っているといると、先ほどの男（三浦友和）がやってきて、問わず語りに話し出す。
彼は女将の元夫で、病気を患っている、それでかつての妻に会いたくなったのだ、としゃべりだす。
そして彼は女将のことを、よろしく頼む、と平山に言うのだった。

きょうも平山は、ルーティンを守り、軽バンを走らせる。
平山の表情は満ち足りていて、仕事先に向かうのだった。


ヴィム・ヴェンダース監督作品、役所広司がカンヌ映画祭で男優賞を受賞（この受賞もあって役所広司さんは、出身地の長崎県諫早市で名誉市民賞も授与された）。

とりたてて大事件が起きるわけでもない。
トイレの清掃員という、地味で普段は日の当たらない仕事を日々黙々と続ける、平山の日常が、淡々と描かれる。

しかし彼が矜持を持って生きているのは、その表情からも明らかだ。
毎朝、出勤前に、アパートのドアを開けて空を見上げるときの満ち足りた表情が特にいい。

彼はなぜひとりで質素な暮らしをしているのか、妹や親とは何があったのか。
その辺の説明はないのだが、平山がかなりのインテリであるのは、読んでいる本からもわかる。劇中、登場する文庫本は「野生の棕櫚」（フォークナー）、「木」（幸田文）、「１１の物語」（パトリシア・ハイスミス）。
ちなみにわたしは、どれも読んだことがありません(;´∀｀)。

平山がクルマを走らせる首都高は、在京中もよく通ったわたしには懐かしい風景だ。
疾走する車窓からの大都会・東京の都心、銭湯やクリーニング店、古本屋のある下町。
どれもカメラワークがすばらしく、引き込まれるようにして画面に見入ってしまう。

よく俳優を評して「存在感がある」と言ったりするが、役所広司は登場するだけで絵になる、そんな感じをいだかせる。ツナギの作業着に着替えるシーンでも、なんだかサマになっているのだ。

もっとも映画の前半、平山は「無口な男」という設定ではあるけれど、まったくセリフがなく、上映１時間ぐらいしてやっと喋るシーンが出てくるほどだ。

脇役にも意外な人物が登場。
新しく派遣されてきた女性清掃員が安藤玉恵。
カメラ屋さんの無愛想な店主、どこかで見たことあるけど誰だったっけ？と思ったら、なんと英米文学の翻訳で有名な柴田元幸氏だった。
（１２月２２日、T・ジョイ博多）